小説

『あ/め』澤ノブワレ(『飴を買う女』)

 もう三日連続で、彼は同じ話しを続けている。
 ある女性から「自分のあとをつけてきた男が突然、錯乱したように叫びながら墓場を駆け回り、土を掘り返し始めた」という通報を受けて駆けつけた警官が見たのは、泥だらけの顔に満面の笑みを浮かべ、泥だらけの手で何かを大事そうに掲げる男だった。だが、その手にはベットリとした泥と枯れ葉の凝りが張り付いているだけであった。もちろん、あの霊園には埋葬墓など無い。生身の人間など埋まっていない。万が一にも赤ん坊など生まれるはずがないのだ。
 通報した女性は男の顔を見て驚いていた。いつも会社の帰りに立ち寄る駄菓子屋の店主だったからだ。彼女は低血糖症持ちで、帰宅する時間になると空腹による頭痛で悩まされていたらしい。だが、菓子パンなどを買い食いしてしまうと夕食が食べられない。それで、帰宅途中にある駄菓子屋で飴を買い、口の中で転がしながら帰っていたそうだ。店主からの質問に答えなかった理由としては「低血糖の頭痛って結構しんどいんです。頭がぐわーんと重くなって。だから出来るだけ俯いて、喋りたくなかったんです。それに……なんだか恥ずかしいじゃないですか。大の大人が飴玉を一つだけ買っていくなんて。」とのことだ。
 しかし分からない。あの墓は確かに死産を苦に自殺した女性の墓だったそうだ。だが、経済的な理由で水子供養塔や地蔵の無い簡易墓地。この男とも全く接点のない人物である。偶然の一致か、はたまた彼の狂乱が冴え渡らせた第六感だったのだろうか。

――ところで……先生……赤ん坊は元気ですか。

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