小説

『太郎会議』まいずみスミノフ(『桃太郎』)

「野菜のくせにでかい顔するんじゃない!」
 この野次に猛反発したのは傍聴に来ていた野菜たちである。
 今思えば果物たちが勝手に始めた議論の中に入り込む隙を、虎視眈々とうかがっていたように思われる。
「草本植物を議会から追い出すつもりか!」
「昔話における果物賛歌は負の情操教育だ! 子どもの野菜嫌いを助長する!」
 これに果物も反論する。
「野菜なんか子どもが好きになるはずがない!」
「それではキャベツ太郎ではないか!」
 次第に場内は野菜対果物の図式へと変化していった。「ばか」「あほ」といった罵詈雑言が飛び交い、いつ乱闘に発展しても不思議ではない。
 初代桃太郎はこれじゃあ埒があかないと頭を抱えた。得意の刀さばきで全員フルーツポンチ、もしくはサラダボールにしてやろうかと思ったが、議長という立場を考えて刀は槌に持ち替えた。
「静かにしろ! 全員塩漬けにするぞ!」
 割れんばかりにガベルを叩きつける。
「今日の議題は『太郎を名乗るに相応しい果物』だ。野菜どもは大人しく見学していろ!」
 傍聴席から大ブーイングが上がる。
 再び議長はガンガンと机を鳴らした。
「だが貴様らの言い分も一理ある! わしに考えがある! こうなってしまっては仕方ない。おい入ってこい」
 言われて入った来たのは、どこか影の薄い気の弱そうな少年だった。
 場内の「誰だこいつは」という雰囲気に完全に気圧されている。
「名乗りなさい」
「はあ、おいらは太郎です」
 瞬間辺りがどよめく。
「…太郎って、あの?」
「…こんなやつが?」
「…本当にこいつに昔話が務まるのか?」
 初代桃太郎がガンガンと槌を打つ。
「ここにいる太郎はまだ何ものでもない! いわば無印太郎だ。金だろうと浦島だろうと、もちろん桃だろうと、どんな太郎にもなれる可能性を秘めている。太郎よ、お前の忌憚なき意見をきかせて欲しい」
「忌憚なき意見とは…?」
「この中の果物と、まあ野菜も入れよう。桃以外にお前は何太郎になりたい?」
 再び辺りが動揺に包まれる。確かに果物や野菜が喧々諤々と議論をしたところで、それを名乗るのは太郎自身なのである。本人が名乗りたい名前を名乗るのが、なんだかとても説得力があるような気がした。
 しかし一番動揺しているのは太郎本人である。彼は顔を真っ赤にして、異常に恐縮してしまった。
「そんな! おいらみたいなものが太郎に選んでいただけただけでも身に余る光栄です!
垢太郎だろうとものぐさ太郎だろうと謹んで拝命いたします!」
 下手な受け答えをすれば大半の食用植物から恨まれる。

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