そう言うと、ナイアはずらりと並んだ透明な箱の中から一つ選ぶと箱の中のグミを一粒僕に差し出した。
「だめだよ、万引きするなんて」
「万引きってなぁに? この国でそんなものは聞いたこともないよ」
きょとり、と音がしそうな顔でこちらを見る。存外若そうな見た目をしている店員の顔を見れば、ナイアのしたことなど気にも留めていないようだ。おそるおそる、店員に聞いてみる。
「あの、いいんですか、これは」
「もちろんだとも。この国は、そういうところだから」
にっこり。ともすれば怪しくも見えるほどいい笑顔で返事をされた。そういえば、さっきナイアはここは夢の国だと言っていた。そういうこと、なのだろう。
いくら明るく長い商店街といえども、やっぱりいつまでも続くものではないらしい。端まで歩いていけば、商店街よりいくらか暗いところにたどりついた。ぽつぽつと小さな窓や扉から優しい灯りが見える。
「ここにはたくさんの住人が住んでいるの。なかなか大きい国なんだよ、ここは」
「へえ、そうなんだ」
ふと立ち並ぶ家々を眺めていると、あることに気がついた。どの家も、屋根の上に十字架が突き刺さっているのだ。まるで、敬虔な宗徒達の集落であるかのように。……あるいは、家一つ一つがお墓であるかのように。
「ねえ、あれは……」
言いかけて、止めた。隣に並ぶ顔を見れば、さっきまで浮かべていた笑顔が嘘か幻だったかと思うほどの無表情だった。ひゅう、と息が漏れた。
「ご、ごめん」
「ううん、こちらこそごめんね、こんなところを見せちゃって」
そう言うと、また薄く優しげな笑顔に戻って早く戻ろう、と僕の手を引いて通ってきた道を早足で戻ろうとした。彼女に握られた手が悲鳴をあげていた。
「ねえ、どうしたの? あれは一体、何だっていうのさ」
「……」
彼女は答えなかった。何かまずいことでもあるのだろうか。
「ナイア。ここは、一体何? ここに住んでいる人は、どんな人なの?……どうして、僕をここに連れてきたの」
もう一度尋ねる。まるで動物でも追い詰めているような気分だ。商店街のいっそ眩しいほどの明かりの中、歩みが止まる。そのまま、しばらく僕達の間には沈黙だけが流れた。何時間にも感じたその静寂をついに破って、ナイアが口を開いた。
「……ここはね」