小説

『手取り20万円』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】

 カシャン。1.2.3.4.5………
 毎月20日、タイムカードをレコーダーに通し、そこに記録された出勤日数を数える。
「今月はなんとか20万円ありそうだ」タイムカードを手にボソリつぶやく。
 毎月20日が給料の締日である。一応正社員とはいえ日給月給の私は、出勤日数によってその月に支払われる給料の額が決まる。ボーナスはおろか寸志さえも、もう何年も貰っていない。
だいたい20万円前後。それが私の手にする月給である。40代で家庭持ちの私にとって、それは疑いなき厳しい金額である。20代の頃のほうが今より、ずっと断然多かった。だからどうした、とも思う。が、言ってみた。で、それは良いとして、ところで、まだ20万円あればいいのだが、年末年始、盆、大型連休のある月などは、20万円をかなり下回り大変家計に厳しい、と思われる。ここで思われるとつけ足し、断言しないのは何故かと言えば、私は自分の稼いだ給金を妻に渡すのみで、家計のやり繰り一切を彼女に任せているからである。
 私は給料日が嫌いだ!
 私の働くのは小さな町工場である。毎月25日、若奥様から薄っぺらな給料袋が手渡される。一度私は、とある理由から「給料を銀行振込にしては貰えなませんか?」と伺った。すると若奥様は「大奥様から『給料を直接従業員に手渡しするのが我が社の決まりだ』って、きつく言われているから、それは出来ませんね」と、私の請願をあっさり却下した。
「あ、あのぅ… 給料頂けますか」
 仕事を終えタイムカードを通した私は若奥様に下から言う。こちらから申し出ねば決して給料袋を渡そうとしない。これもこの会社の決まりなのだろうか?
「あぁ、はいはい。ちょっと待ってね」
 若奥様はにこりともしないで上から言う。毎度の事だけれど、毎度不愉快になる。若奥様は机の引き出しを開け大きめの袋を取り出し、その中にある私の給料袋を、ふぅーん…… とか言いながら、たらたらと勿体ぶって探す。親族を別として、たった従業員3名なのに何をそんなに探す必要があるのか、毎度私は心中首を傾げる。
「はい」と薄っぺらな給料袋を手に、毎度不機嫌な二文字が若奥様の口を出る。一度たりとも「ご苦労様でした」とか言った言葉を、私は耳にした事がない。これも大奥様から言われている決まりなのか?
「どうもありがとうございます」
 私が頭を下げると、決まって若奥様は知らんぷりで別の事を始める。これも決まりか?
 それでも随分とましになったほうだ。大奥様から給料を手渡されていた昔は不愉快極まった。なかなか給料袋を渡そうとしない。あからさまに嫌な顔をする。一言、二言、三言、と嫌味を言う。さんざん焦らしたあげく、あんたにこんな金を渡すのは勿体ない、と言った素ぶりを見せ、それからそっぽを向いて片手で給料袋を差出す。差出された給料袋を私が受けとろうとすると、嫌がらせに一瞬手に力をこめる。それからやっと薄っぺらな給料袋は、大奥様の手から私の手に渡るのだった。

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