小説

『不死鳥』桂夕貴(『文鳥』)

 タバコの煙(けむ)の先に、何か良いお話は浮かばぬものかと思った。しかし、そんなもの浮かびやしない。ただ慣れない煙草に噎(む)せ返るだけだった。文人気取りもいいとこだと、いい加減自分でも思う。
 そんな私に、友人の椎名という大学生が、鳥を飼いませんかと勧めてきた。犬や猫などという世間一般の女性達からその外見だけでちやほやされてしまう愛玩動物の一切を好まないこの私がかと問うと、そんなこと言って、あなたにはちゃんと彼女がいるじゃないですか、と彼は美也子のことを言った。続けて彼は、これは美也子さんの提案なんですよと駄目押しの一言。とりあえずこの話は持ち帰っておくと彼には伝え、その晩、美也子のアパートで飯を食っているとき、彼女とその話をした。
 「だって、昔の有名な誰かさんが、鳥を飼って、それをお話にしたじゃないの」
 彼女はきっと、夏目漱石の「文鳥」のことを言っている。なるほど、小説家になりたい夢を捨てきれずにいるこの私に、何故彼女が鳥を飼うよう提案したかが分かった。いやあ、動物如きで舞い上がってしまうような、そこいらの女とは違う。流石は私の彼女だ。
 翌日になって、私は鳥を飼うことを決めた旨を椎名に連絡した。すると彼は、電話越しに歓喜した。うるさいと言って電話を切ると、またすぐに着信があった。
 「ありがとうございます。先日その鳥を飼っていた祖父が亡くなって、どうしようかと悩んでいたところなんですよ」
 「ちなみに何の鳥だね。やはり文鳥かね」
 すると椎名は、耳障りな嫌らしい笑い声を上げて、それはお楽しみですとまた笑った。別に室内で飼える程度の鳥ならば何でもいいのだが、無理矢理にお楽しみが作られた。
 それから数日経って、世の中は三月へと突入した。今年の花見はどこどこで宴会だなどと、バイト先の連中が楽しそうなのを横目に、私は迫り来る新人賞の締め切りに怯えていた。まだ、半分も完成していないのである。
 そこへ、椎名は鳥を持ってやって来た。鳥の入った籠には黒い布が被せられていて、彼を玄関先で迎え入れた時点では、それがどんな鳥なのかは分からなかった。
 一間の部屋の真ん中に、その籠は置かれた。椎名は終始むふふと笑っていた。自分の顔面を嘲(あざけ)られているかのようで少々不愉快な私だったが、まだ鳴きもせぬ布越しの鳥に、若干の期待を抱いてもいた。
 椎名は手品師の如く、布の端を摘まみ、勢いよくそれを引っ張った。そうして姿を見せた鳥を認めた私は、冗談だろう、と、しばし椎名の得意気な顔を睨み付けた。
 「カラスではないか」
 「いいえ」

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