小説

『不死鳥』桂夕貴(『文鳥』)

 私はもう一度、その鳥の容姿を観察した。確かに、カラスにしては身体が小さいようにも思えるが、薄汚い全身の灰色や、羽、更には、ずる賢そうな切れ長の目に、漆黒の嘴。やはり、それはカラスであった。
 「カラスではないか」
 「いいえ」
 「カラスでないなら何だと言うのだ」
 「カラスに限りなく近い、不死鳥であります」
 そう言うと椎名は、ふっくらとした頬に深い笑窪を作った。一瞬、私は言葉を失った。彼は私よりも十歳くらい年下だけれども、これほどまでに馬鹿げた、幼稚な頭の持ち主であったろうか。それとも、
 「私をからかっているのか」
 「いいえ」
彼は不敵に笑う。
「不死鳥は不死鳥なんですから」
 そして今度は、美也子のように無邪気に笑むのである。
 「あなたの創作の手助けになればと思って」

 仕方なしにではあるものの、私はそれを飼うことにした。餌はパンの耳を細かく千切った物で十分だと椎名は言った。飼育上の問題は皆無だった。
 美也子にもこれを見せた。私なんかよりも彼女の方が、この鳥の不潔さを上手く形容できるだろうと予想していたが、以外にも彼女は「可愛い」を連呼した。ああ、美也子は平凡な女性達にその独特な感性を浸食されてしまっていたのかと私は少し失望したが、独特な感性なりに、この「可愛い」とはほど遠い存在を「可愛い」と定めたのではないか。はたまた、「可愛い」の言葉の意味そのものを勘違いしているのか。
 美也子も、この鳥を不死鳥と呼んだ。椎名から大方の説明を聞いているのだろう。「素敵じゃない?」なんて彼女がいうもんだから、ああ、不死鳥なのさこいつは、素敵なのさ、という具合に私もこれを不死鳥と呼ぶことにした。
 不死鳥を飼う以前に比べ、私の執筆に対する姿勢が一変したことは明白だった。猫背が解消されたという意味ではない。私は不死鳥を飼ったことで、椎名や美也子に、どれほど期待されているかを認識することができたのである。そうだ、書かなければならない。下手でもいいから、書かなければならない、そう気付かされたのだ。
 それから私は、食事をすることも滞納した家賃を払うことも忘れ、ノートパソコンに向かって、ひたすらにキーボードを打った。執筆は大分捗(はかど)った。

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