犍陀多(カンダタ)は怒っていた。
この男の一番古い記憶は、芋かなにかに喰らいつこうとした瞬間、凄まじい勢いで張りたおされ、視界が真っ暗になるまで打ちすえられたことだった。轟音のような耳鳴りと焼きつくような痛みの中で、犍陀多はかろうじて、自分から奪った食い物にむしゃぶりつく大きな人影を認めた。そのときはっきりと胸に湧きあがってきたのは、恐怖ではなく怒りだった。
同じような体験は繰りかえされた。それでも犍陀多はなんとか生きながらえ、長じていくにつれ逆に叩きのめす方にまわるようになった。渾身の力で相手の肉を殴り、蹴り飛ばしながら、犍陀多を捉えていたのは爽快感ではなくやはり怒りだった。
犍陀多はやがて盗むことも覚え、ひとをだますようになり、糧をえることができた。邪魔する者がいればためらわずに殺した。そうすることできりきりつきまとっていた餓えから次第に解放されていった。犍陀多は望むまま獲物を略奪し、欲望のまま女をひっさらった。
しかしどれほど飽食しようと時間が経てば身のうちに溶け、思うさま女を犯してもそれでやむことはなかった。そのたび犍陀多は繰り返した。盗み、暴れ、火を放つ。犍陀多の前でひれ伏しながら命乞いする者を、高笑いしながら斬りすてた。犍陀多は怒っていた。
地獄に堕ちた犍陀多は、あらゆる責め苦を浴びた。真っ赤に燃えさかった業火に焼かれ、鋭い針で全身を貫かれ、衝撃と痛みに絶叫する犍陀多は、まわりにごまんといる罪人たちも同じように泣き叫ぶのを聞いた。
「やめてくれ」「助けて」そして悲鳴。燃えさかる炎の音。怒り狂った鬼の恫喝。
同じ。同じだ。犍陀多は思った。
「助けてください」
恐怖で声を震わせているのに、涙でうるませた瞳で犍陀多をはたと見すえたまま、女は哀願した。女の背後には先ほど格闘のあげく惨殺した女の夫がころがっていた。犍陀多が押し込んだとき、男が全力ではむかってきたのだ。意外な強い力で引きすえられながらも、犍陀多はなんとか男の腹に刃を突きたてた。ひるんだ男を、目の眩むほど怒った犍陀多は滅多打ちにした。吹き出す血しぶきの音は、けたたましい女の悲鳴と、目覚めたらしい赤子の鳴き声でかき消された。返り血を浴びてあたりが真っ赤に見える犍陀多は、ぬるぬるした刃を握りしめたまま、男の死骸にしがみつく女に近づいた。
「私は好きにして、でもこの子だけは助けて」