小説

『断ち切って、さび』日野塔子(『ラプンツェル』)

ツギクルバナー

 きりこの髪は短い。
 母はきりこの髪が肩にかかりそうになるのを見るとさびついた刃物を取りだし、さっさとそいでしまう。だからきりこの頭はいつもざくざくしている。耳が露出していないときはほとんどない。
 山には何人かの子どもがいる。きりこもその一人だ。ほとんどが男で、女はきりことあと二人しかいないが、髪を忌々しげに切られる音を知っているのはきりこだけである。
 わたしも知っているわ。
 と、きりこの言葉を聞いた母は言った。しかも切る側ではなく、切られる側らしい。
「わたしの子どものときからそうよ。あなたのお婆さんに切ってもらっていたの。今はもう自分でやれるけどね。昔は子どもだったから。危ないでしょう? お婆さんが子どものときは、そのまたお婆さんが髪を切ったのよ。そのお婆さんも、その前も、ずっとそうだったの。ほら、危ないから、動かない」
「どうしてずっと髪を切るの?」
「そうしなければいけないからよ」
「伸ばしてはだめ?」
「だめよ」
「伸ばしてから切った方が、いいものと交換できるんでしょう? あたしの髪はきれいなのにもったいないって。他の子たちはいざというときのために伸ばしているんだって聞いた。あたしたちはそうじゃないの?」
 表で飼っているにわとりがまた食べられてしまった。きりこは荒らされた場を思い返す。山に住む獣が襲ったのだろうが、分かっていてもきりこたちには打つ手がない。どうしようもないのだ。
 きりこの髪に似たなめらかな髪を手ぬぐいを隠す母は、きりこの目をじっと見据えている。「もう何度も話したけれど」
「この髪があったからこそ、わたしたちは都にいられなくなったの。髪を短くしていればそれだけ平穏のまま暮らしていける。充分でしょう。あなたには母と父が、わたしたちにはあなたがいるわ。他になにが必要なの」
 それきり母は口を閉ざしてしまった。
 黙ってきりこは見渡した。山の中腹より上に位置し木々の覆う薄暗い家は、父と母ときりことで暮らすには少しばかり小さい。かびくさい壁、ひゅうひゅうと吹きつけるすきま風。竹ひごによって傷つき、なお手を動かし続ける母。毎日山を下り、里に売りにでかける父。そしてそれを甘んじている自身の、泥に汚れ、痩せっぽっちの、空のままでありつづける腹――きりこは思う。
 こんな状態がずっと続くのか。

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