小説

『林檎人間』白石幸人(『我輩は猫である』)

 怒りに燃えた部長は私たちを睨みつけながら思い切り腕を振り上げると、勢い良くその腕を振り下ろし、自分のデスクを思い切り叩きました。事務所中にバシンッという凄い音が響きました。しかし、それだけではなくポキリという音がして、私たちの目の前に何かが転がってきました。
「あっ」
 部長が間の抜けた声を出しました。私が何かと目を凝らしてみると、なんとそれはデスクに叩きつけられた部長の右手首でした。しかも、普通の右手首ではなく、断面からはコードやら歯車やらが見えています。
 当然、狭い事務所ですから、その場にいた社員全員が部長の手首がポロリと取れた瞬間を目撃していました。
「ち、違う。これは違うんだ」
 部長は落ちた手首を急いで拾うと、それをガチャガチャと自分の右手にはめようとしますが、一向に元に戻る気配はありません。
「ちがう、ちがう、私は人間だ。私は人間だ。わたしはにんげんだ。ワタシハ、ワタシハ…」
 部長はブツブツと同じ言葉を繰り返すと、プシューという音を立てて倒れこんでしまいました。どうやら部長はロボットだったようでした。



 部長が修理に出されて半年が経ちました。季節は廻り、事務所の窓から見える桜の木々は満開の頃合を迎えています。空席となった部長の席には私が座り、かつての私の席には彼が座っています。部下たちがひっきりなしに彼のもとに作成した書類をもってくるのですが、相変わらず彼は書類にあの林檎のスタンプを丁寧に押しているようでした。そんな彼の様子を見つめながら、窓から入ってくる心地の良い日差しを浴びて、私はごろごろと喉を鳴らすのでした。

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