小説

『ヒメゴト』砂部岩延(『鶴の恩返し』)

 大黒顔の主人が営むホテルに滞在して、今日でちょうど一週間になる。
 貸し出し期間を延長したレンタカーに乗って、通い慣れた道を走る。
 目当ての建物で受付に顔を出すと、そのまま中を通してくれた。
 建物の裏手に出ると、野原を大きく四角に囲ったフェンスの中に、一匹のタンチョウの姿があった。
 こちらの姿に気付くと、ぎこちない足取りで近くまでやってきて、横向きにへたりと座り込んだ。
「なつかれたもんですねえ」
 ツナギ姿の職員が声をかけてくる。
「とてもそうは思えないのですが」
 そっぽを向いて動かないタンチョウの姿を情けなく眺めていると、職員が笑った。
「犬や猫のように考えちゃいけませんよ。ちゃんと命の恩人を分かってますって」
 はあ、と曖昧に返事をする。
「怪我の具合はどうですか」
「ひとまず、ってとこですかね。放すにはまだしばらくかかりそうです」
 二人でタンチョウの横顔を眺めた。
「できれば最後まで見て行きたかったのですが、残念です」
「もうお帰りですか」
「明日の朝には。思ったより長居してしまいました」
 そろそろ次の現場に移らないと懐も心もとない。
「こいつも寂しがるでしょうね」
 話の内容を知ってか知らずか、タンチョウの顔がこちらを向いた。
「まァ期待していて下さい。コイツが恩返しに行きますよ」
「そうか、お前、俺のところにお嫁に来てくれるか。俺は一重まぶたで切れ長のスレンダーな美人が好みなんだ」
 すると何を思ったか、タンチョウはよたよたと体を起こす。大きく翼を羽ばたかせて、体を上下に揺らし、足踏みをして、甲高い声で続けて鳴いた。
「これはスゴイ」と職員が感嘆の声を上げる。
「なんです、これ」

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