小説

『愛をさがす獣』芥辺うた(『美女と野獣』)

 この姿が恐ろしくはないのだろうかと思ったところで、オーガーは、自分が今人間の姿をしていることを思い出した。
「今日は助けてくださって、ありがとうございました」
「助けたつもりはない」
「それでも、あいつらに売り飛ばされそうになっていた私は、あなたに救われたんです」
 鈴音に笑顔を向けられ、オーガーは参ってしまった。何故なら、彼はこれまで、誰かにありがとうなどと言われたこともなければ、微笑まれたこともなかったのである。
「い、いいから早く料理を食べろ」
 鈴音の目が輝く。
 しかし、鈴音の腰を下ろした位置はオーガーのすぐ横だった。
「お、おい! 普通、人間はこういう時向かい側に座って食べるものだろう!」
「向かい側?」
 鈴音は、長い長い食卓の端を見つめて首を振った。
「まさか、私の国では皆小さなテーブルを囲んで食べるんです。だって、あんな遠くで食べても一緒に食べた気がしないでしょう?」
 ここではだめなのですか? と尋ねられて、オーガーは口を閉ざす。
 と言うのも、人間についての知識のほとんどは、この城にある図書館の本を読んで学んだのだ。言葉と字も同様である。この城に住む者たちが言葉を操れるのもそのためだった。
「ほら、オーガー様、なにかおしゃべりをしなくては」
 アグリはオーガーの耳元で囁く。アグリが腕に抱えたトレーの内側には、『すてきな恋のマニュアル』という分厚い本が隠されていた。
「おしゃべりとは、何をしゃべればいい」
 オーガーも小声で返す。
「すてきな恋のマニュアル本119ページによると、好きな食べ物の話なんかがスマートで、いいようでございます。あと呼びかける際には名前を呼ぶこと」
「名? 名など知らんぞ」
「スジュネでございます、オーガー様」
 オーガーはごほんと咳払いして、ぎこちなく話しかけた。

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