小説

『地蔵・ゴーズ・オン』西橋京佑(『笠地蔵』)

 爺さんが来なかったことなんてあるか?そうだ、爺さんはいつも何があっても来ていたはずじゃないか。多少の時間のズレはあるにしろ、「あいや、すまん!」とかなんとか言いながら彼はいつも来ていたじゃないか。おかしい。おかしいぞ、これは。もしかして、この前持って行った魚の種類か?いつもは真鯛だったのに、大シケで仕方なくエボ鯛持って行っちゃったんだよな。それで怒っちゃったかな。え、でもエボ鯛もうまいよね?それで言うなら、だいぶ前に魚屋がストっちゃったとき、味はだいたい一緒だからって母さんに持たされたカレイ届けたこともあったっけ。「爺、チョベリグのはしゃぎ見せてたよ」って孫氏が言ってたから、おそらく魚の種類は関係ないんだよな…だとしたら、なんでだ?え、まじでちょっと不安になってきたわ。

 
 仲間たちは、既に4杯目のトム・コリンズをマスターに注文していた。若干の酔いを感じさせる者もいたほどだ。
「ちょっと相談。いまから、行ってみない?」
 口々に、仲間たちは地蔵に罵声を浴びさせた。
「どこに」
「もしかして、爺のところ?」
「行くわけないだろ、バカかよ」
「ないっしょ。むしろ、婆さんが詫びいれにこいよっていう話で落ち着いたべ」
「普通に考えて、いくら年上でも礼節わきまえてくれないと。あんだけ待たせて音沙汰なしよ。しかも、挙句俺らは土曜出勤でしょ?」
 一人が、信じらんねえ、と持っていた空のグラスでテーブルをガツンとたたいた。
「そんなこと言うけどさ、やむにやまれない状況だってあるかもしれないだろ。そもそも、爺さんが来なかったこと、はっきり言って一回もなかったから」
 地蔵は少し語気を強めた。
「あんな仕打ちはないと思うよ、俺だって。でもさ、爺さんが家でぶっ倒れてましたーみたいなことだったら、どうする?俺ら、次の仕事ないよ。爺さんあってこその俺らであって、笠かぶってない俺らってなんなの?ただの地蔵じゃん」
 目覚ませよ、と地蔵は先ほどやられたものよりも、更に大きな音でテーブルを叩いた。グラスに入っていた氷が勢いで飛び出し、薄汚い木の床に転がった。
「激オコじゃん、どしたのよ」

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