小説

『トマトジュースは健康に良い』祀水(『ヘンゼルとグレーテル』)

「ハァッ……ハァ……ッ」
 姉と妹は走っていた。
 その手にトマトを持って。

 二人は元々裕福な家の娘だった。ところが、順調に思われた父親が事業に失敗し、路頭に迷ったところで両親が流行り病で帰らぬ人となり、今では姉妹二人、その日暮らしもままならないような生活を送っていた。
 そして先程、空腹に耐えきれず露店に並べられていた紅く輝く瑞々しいトマトについ手を伸ばしてしまったのだった。見つからないようにしたつもりだったが、店主の目は誤魔化せなかったようだ。
 咎められ、怒鳴られ、逃げたところを追いかけてきた。
「お姉ちゃん、どうしよう……っ」
「こっち!」
 姉は妹の手を引いて、走っていた大通りから細い路地へと入って行った。このあたりの路地は複雑に入り組んでいる。もしかしたら撒けるかもしれないと考えたのだった。
走りながら右へ曲がり左へ曲がり、また左へ。
自分でもどこを走っているのか、どこへ向かっているのか分からなかった。
 やがて行き止まりに当たった。
 遠くではまだあの店主の怒鳴り声が響いている。
このままでは見つかるのも時間の問題だ。
 どこか隠れる場所でも無いかと辺りを見回しても、ゴミ袋ひとつない。
「戻って違う道を行った方がいいわ。急いで!」
 姉が再び妹の手を引いて走り出そうとしたその時。
「待ってお姉ちゃん、あれ!」
 妹は姉を引き止め、行き止まりの路地のある一点を指差していた。
 そこには扉があった。

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