小説

『トマトジュースは健康に良い』祀水(『ヘンゼルとグレーテル』)

「……ぅ、んん」
 どのくらい経ったのでしょうか。紅い夕日が窓から差し込んで部屋の中を照らしています。姉と妹は同時に目を覚ましました。そして、あれっと不思議に思いました。確かに倒れたはずなのに、何故か今は二本の足で立っているのです。足元に視線を落としてびっくりしました。今までの比ではない量のトマトジュースがあたりを朱に染めていたのです。夕日よりも鮮烈な朱でした。驚いた拍子に、姉は手に持っていたものを取り落としてしまいました。ごろごろと転がったそれに、目を向けると、初めてできた弟と目が合いました。恐怖に引きつった顔で目を見開き、口をだらしなく開いた、首から上だけの弟は姉の方を向いたまま動きを止めました。姉も、すべての動きを止めました。
妹はそんな姉の様子に見向きもしないで、自分の手を眺めていました。それは、あの妹ちゃんと手を繋いでいました。しかし、妹ちゃんの肩から先にあるはずの、あの可愛い顔はありませんでした。バッサリと切れていたのです。あのきょうだいは真っ赤な床に、真っ赤になって倒れていました。二人は何が何だか分かりません。呆然と立ち尽くすほかありませんでした。
ふいに、口の中がなんだか変な味がすることに気づきました。何かの金属のような、そんな味です。手はトマトジュース塗れでしたから、着ていた服の、トマトジュースに染まっていない箇所で口を拭うと、朱く染まりました。
これが何を意味するのか、分からないほど姉妹は頭が悪くありませんでした。私たちがやったのだと。首をもぎ、腕を引きちぎって、肉を貪り血を啜ったのは紛れもない自分たちなのだと。二人は気づいてしまったのです。それと同時に、今までのことも思い出していました。うさぎは逃げたのではなかったのです。気づかないうちに、毛皮ごと食べてしまっていたのでした。そしてあの赤は、トマトジュースではなかったのです。
 なんでこんなことになったのでしょう。なにがいけなかったのでしょう。扉の向こうにいた頃はこんなことありませんでした。この森に来てからも、特別なことは何もしていません。ただ一つを除いて。森に来てからの二人は、毎日毎日、木に生っているお菓子を食べ続けていました。一日も欠かさず。
 姉妹は顔を見合わせました。

 不思議なお菓子が生る森に、にんげんのなき声が響きました。

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