小説

『川からの物体M』大前粟生(『桃太郎』)

ツギクルバナー

 どんぶらこ、どんぶらこ、と桃が流れている。その桃を、川で洗濯をしているおばあさんが拾ったりはしない。おばあさんは川で洗濯しない。おばあさんの家には洗濯機がある。だれの家にも洗濯機があるから、桃はだれにも拾われずに川を流れつづけている。海に合流しようかというとき、時間が経って成長し、こらえきれなくなった桃のなかの男の子がひとりごつ。「こんなはずじゃなかった!」
 と、桃から手が生えてくる。桃は手をオールのように使って川を逆流して、また、どんぶらこ、どんぶらこ、と流れていく。「だれか拾ってください」
 桃が自分を拾ってくれるだろうと思っていたおばあさんはファンヒーターの故障を直し終えたおじいさんと一杯やっている。桃はだれにも拾われない。
「らちがあかない! 物語を進めなきゃ!」
 桃のなかの男の子は自力で桃の外に出ようとしていきむ。それがまずかった。ぱっくりとは割れず、力のいれどころが悪かったのだろう、今度は足が桃を突き破ってしまう。そして今度は男の子はバタ足で上流にのぼっていくが、だれにも拾われない。懲りずに何度も川をさかのぼり、流れ、さかのぼる。
 ある日、おじいさんが川にこっそりシーツとブリーフを洗いにくる。おねしょしたのだ。オムツをつけるべきだというのに、おじいさんはかたくなに拒んでいる。おばあさんにおねしょしたことをいうのも恥ずかしくて、シーツを抱えて家を飛び出してきたのだ。そこに桃が流れてくる。
「でっかい桃だなぁ。持って帰ってばあさんに食べさせてやろう」とおじいさんがいう。
「おや、あれはなんだ?」おじいさんは老眼鏡をつける。「ぎゃあ」桃から手が生えているではないか。
「あ、おじいさんだ。この際、もう、おじいさんでもいいや。僕を拾ってください」
「ひ、桃が喋った!」
「あ、驚かないで。頭は抜けないけど、僕です。僕ですよ」
 桃太郎はついに諦めて自ら岸にあがる。その拍子に胴体が桃からずり落ちる。ちょうど頭の部分が大きな桃になっている。それ以外は裸だ。パンツも履いていない。
 おじいさんはまた漏らしてしまう。腰がすくんで動けない。
「もう! しょうがないなぁ」と桃太郎は手をさしのべる。
「化け物!」なんて失礼なおじいさん!

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