小説

『川からの物体M』大前粟生(『桃太郎』)

「あぁ。そんなんでいいんだ。あ、首輪とリードはあげないよ」と桃太郎は猿とか犬とか雉とかを最近の若者に渡して、代わりにきびだんごを受け取る。
「じゃあ、ありがとうね」といいながら桃太郎は道ばたにいるチャウチャウとかティーカッププードルとかビーグルとかを拾って新しい猿とか犬とか雉とかにする。
「ほら、食べな?」桃太郎が猿とか犬とか雉とかにきびだんごを食べさせる。
 と、猿とか犬とか雉とかが急に喚き出す。心なしか見た目もドーベルマンとかに変わってしまったみたいだ。
「え、なに? そんなにうまいの? なんせ、元気が百倍になるきびだんごだもんなぁ」といって桃太郎は自分でもひとつ食べてみる。
「お? お?」
 桃太郎の体がぐんぐんと大きくなっていく。元気が百倍になっているのだ。警官や機動隊が発砲したり手榴弾を投げたりしているが、少しも効かない。もう桃太郎の体はどんな建物よりも大きくなっている。人びとは逃げまどい、高速道路は渋滞してテレビ局のヘリが桃太郎を中継してついによくわからないけどなんだかすごい人がその街を隔離することに決めて大きな橋を閉鎖し、閉じていく橋の上にいた車が次々と海に落ちていくがどうしてそんなことをするのだろう? 体が大きくなった桃太郎は海なんて徒歩で渡れるというのに。
「え、なになに?」桃太郎は戦闘機を蚊のように潰す。
「うわー。眺めいい? えっと、あと、〈桃太郎〉にはなにがいるんだっけ」
「鬼だよ。鬼退治しないとな。鬼、どこにいるんだろう」と桃太郎がいうが、頭の桃も同時に巨大化しているのでその下は日陰になって洗濯物が乾きにくい。たくましい人びとは日照権を要求するデモを開くがその頃にはもう桃太郎は別の街にいっている。桃太郎がいくつかの街を壊滅させると米軍が動き出して戦闘機が桃太郎にミサイルをぶつけたり激やばい爆弾を投下したりするがまるで意味がない。
 これには他の童話の主人公もあきれたもので、「すっげー」といいながらテレビで暴走する桃太郎の姿を見ているひとりの男の子が脇に抱えた絵本のなかからひとりの男が飛び出してくる。浦島太郎である。脇に玉手箱を抱えている。
「まったく、桃太郎のやつ、なにやってるんだ! あれじゃまるで自分が鬼じゃないか!」と浦島太郎がいう。
「え、え?」男の子にはなにがなんだかわからない。
「え、え? あれ? 俺、体がある。すごい、立体的だ! 三次元だ! すっげー!」
「おい、子ども」浦島太郎に話しかけられた男の子は声も出ない。

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