小説

『桃産』大前粟生(『桃太郎』)

「最初は不安ですよねぇ。わかるわかる」とその人は続けた。「ここってほら、外から見られるようになっているから、余計にね」
「そう、そうなんですよ」と私は答えた。
 エアロビクスジムはガラス張りになっていて、原色の目にうるさいさまざまなエアロビクス用の服を着た女の人たちが、膨らんだお腹を見せつけるようにして体を動かしている。見て、わたしを見て。わたしとお腹のなかの桃ちゃんを。
「わかるわぁ。私もはじめてのお産のときはそうだったもの。体育会系な感じでさ、みんな仲がよさそうじゃない」ジムのなかの人たちはちょうどひとつのプログラムが終わったのか、みんなで笑い合っている。晴れ晴れとした笑顔。妊婦であることの誇りに満ち溢れているかのように。
「自分でも馴染めるだろうかって、私もそわそわしたわ。転校してきた初日みたいな感じで。でも、大丈夫。みんなとってもいい人たち。私たちは仲間なのよ」
「そうですよね」と私は無理矢理いったけど、確かにジムの前でこの人に声をかけられて少し心が軽くなっていた。
「あ、私、浦島です。浦島サキ。もう、5回目の妊娠なのよ。サキさんって、みんなは呼んでくれてる。あなたもそう呼んでね?」
「はぁ」
 私たちはエアロビクスジムに入っていった。

〈とにかく、体を動かしましょう〉とパンフレットに書いてあったし、先生もそういっていた。
「〈筋肉をつけることでたいていの問題は解決します〉だってさ」きのうの晩、夫はパンフレットを見ながらいった。
「まぁ。それはそうなのかもしれないけどさ、ちょっと楽観的すぎない?」私はお皿を洗いながらいった。
「でも、いいことじゃん。いってきなよ。エアロビクス」パンフレットは夫の脇におかれて閉じられている。まだ私のお腹が大きくないからだろうか。だから夫はこんなに軽々しいのだろうか。
「うん。そうする」と私はいった。

 でも、エアロビクスにきたのは、夫に薦められたからでも、パンフレットに書かれていたからでもない。先生におどかされたからだ。
「とにかく、できることはなんでもやってください」と先生がいったからだ。「禁酒・禁煙だけじゃない。もっと能動的に自分から動いて。もう、産まれるまでのカウントダウンははじまっているのだから、あとで後悔してもしきれないですよ」

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