小説

『手袋と赤ん坊』ふくだぺろ(『北米先住民の民話』)

ツギクルバナー

   ある女が赤ん坊を産んだが、あまりに小さくて、人に笑われるんじゃないかという不安にとりつかれ、手袋にいれて川に流した。不安ではない。赤ん坊が流れたのだ。暑い夏の日だった。木々が放火されたように燃えていた。

   赤ん坊が入れられた手袋はアザラシの革でできていたから、手袋も真水を流れるのははじめてだった。
「しょっぱくない水なんてヘンなの」
はじめ手袋はペッペッペッ、口に星のかけらが入ったように真水を吐きだしていたが、そのうちに諦めたのか、なにもしなくなった。

   ただゆらゆらゆらゆら、重力と地形と地質に揺れながら、赤ん坊は母の腕に抱かれていたときの揺れとは揺れがかわったことに気づいていた。そして、こっちの揺れのことを「母」というのだと思った。
   「お母さんって、曲がりくねったり、速くなったり落ちたりするんだね」
   手袋と赤ん坊はいま、滝を落ちていた。長かった。

   世界でいちばん高い滝はベネズエラのサルト・アンヘルである。アウヤンテプイの頂上から落下して979m、ようやく滝壺に沈むことができる。サルトは「滝」、アンヘルは「天使」である。1930年に天使がアウヤンテプイの頂上に衝突した。天使とその折れた翼は滝を流れ落ちて、滝壺に翼をのまれ、天使だけがオリノコ川をただよっていたのを、若いヤノマミのカップルが見つけた……ということはない。

   サルトアンヘルには滝壺がない。滝という形は979mという距離に耐えられないのだ。落下するあいだに滝の水はわれて砕けてさけて散る。地上ではブ厚い滝が地面を掘るかわりに、こまかく砕かれた雨がさらさらしみこんでいた。だから天使の屍体は翼をつけたまま979m分の加速をつけて、地面に叩きつけられた。地面もずいぶんびっくりしただろう。
   「お」

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コメント
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    手袋と赤ん坊が流れる川を中心におきながら時間と場所が10000字の短さのなかでぐわんぐわんと途方もなく流れてはもどりまた生まれていく。文字であること読むこと頭のなかで見ることのおもしろさ。民話の奇抜さとうさんくささを残しまくっていてとても好きだ。ふくだぺろの作品がもっと読みたい。(9月期優秀賞受賞者:大前粟生)