小説

『木漏れ日の中で息をした』水無月霧乃(民話『送り狼』)

 日がすっかり落ち、いつも遊び場となっている林は不気味なほど暗く、怪しく、時々獣の遠吠えが聞こえてきて、それがますます自分を恐怖に陥らせていった。当てもなく彷徨ってみるが、自分の帰りたい方向が分からない。小さな足はもう限界で、これ以上歩けそうもない。家に帰りたい、と泣きじゃくり、その場に蹲ってみても、状況は依然として打開されない、されるはずもなかった。ふと、気配を感じて、飛び跳ねるように振り返る。どうかそれが自分の知っている大人であってほしいという一抹の願いだった。しかし、そこには何もない。誰もいない。確かに気配は感じていたのに。それとも、不安からそういう希望のある錯覚をしてしまったのか。再び当てもなく歩き出す。一歩、一歩。……一歩、一歩、もう一歩。……いる。何か、いる。自分と一定の距離を保って、後をつけている。何のために。自分を助けに来た誰かであるならば、真っ先に声をかけてくれてもいいじゃないか。そうしないのは、後ろの気配が、お腹をすかせた獣だからではないか。ひっそりと、自分を食べる機会を窺っているに違いない。なら走る? いや、走ったって、既に疲労している足で、獲物を捕らえる為に特化された足をもつ獣から逃げきれるはずもない。喰われる。こんな、訳も分からぬうちに。
 しかしおとなしく食われてやる義理もない。今、自分にできることといえば、歩くことだけだった。逃げきれなくても、最後までの抵抗としてできるのは、歩くことだけだ。涙を目にいっぱい溜めたまま、鉛のように重い足を動かす。歩くたびに、一定の距離を保ったまま、後ろの気配はついてくる。するとどうだろう。見覚えのある建物が見えてきたではないか。あの建物のもう少し先には、自分の帰りたい場所がある。ここまでくれば大丈夫だろう、と大きな安堵が恐怖を塗り潰し、勢いのまま振り返った。そこには、ぼんやりと青白く輝く獣がいた。四足歩行で尻尾まで毛に覆われている。狼なのか、犬なのか、はっきりは見えない。見えたとしても区別がつくかは別だが。獣はその場に座り込み、じっとこちらを見ている。それはやがてくるりと体の向きを変えて、林の中へ走り去っていった。

 
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