木の葉のような丸い耳。果実のような円らな瞳。とっぷり肉付きの良い横腹に泡沫のような不揃いの斑点模様。けれども決して醜悪ではなく、あどけない可愛らしさに起伏する。すう、すう、俺の吐息が土を捲れば、ひら、ひら、二枚の耳が蝶のように羽ばたく。ぐいり、と伸ばした俺の蹄に、ころり、と二つの目玉が光を宿す。身体を起こせば怯えるように逆立つ毛並。一つ、二つと泡が弾けていく。セツの気持ちは解らなくもない。静かに俺を待ち、寂しげな目で俺を送り出すセツはいじらしい。しかしこんな時でも俺は、花の咲くように活発なアワの健やかな肢を思わずには居られない。しかし中々肢を踏み出せない。気がかりな夢が俺の蹄を重くする。「溜息なんかついて、どうかなさいましたか?」「いや、何でもない」「いいえ、きっと何か御心配があるのでしょう。セツに話してください」「……夢を見たんだ。野原を歩いていると頭に草が生え、背中には雪が積もっていた。その雪は幾度やっても払えず、その内に目が覚めてしまった」「……それは、不吉な前兆に相違ありません。頭の草は狩人の矢。背中の雪は殺され塩漬けにされる知らせです」「ふうむ」「ですから、今日はここに居てください。あなたが死んでしまうなんてセツは何よりも切ない……」。
「その通りでーす!」
突如、知らぬ声が頭上に鳴った。ずしり、と背中に重量を感じ、直ぐに消えた。ざっ、ざっ、と視界に何かが入り込んできて、見やればそれは、少年だった。半袖半ズボンの夏のような恰好。どうやら、狩人ではないらしい。しかし何時の間に……。
「知ってる知ってる。『夢占』だ。いい趣味してるよ。本当はさ、いざ狩人が登場するところでドドン! と登場したい所だけど、あと一晩待つのとか面倒だわ。ていうかアンタ、やがて狩られる運命とかそんなの味わいたいの? それは悪趣味だわ。ま、俺にとっちゃ貴重な夢なんだけどね。それじゃ、失礼しまーす」
にこり、少年は笑った――。
はっ、と目覚めると数秒後、じり、じり、携帯の目覚ましががなり立てた。反射的にオフにして、そのまま手元に引き寄せて見やれば朝の七時だった。夢は? 橋爪は咄嗟に考えたが、少年に会った所からまるきり記憶がないのに気がついた。そして橋爪は、思わず吹き出してしまった。
「夢泥棒だ」
それから、確かめるように呟いた。橋爪は上体を起こして、サイドテーブルから昨晩飲んだドリドリを手に取った。瓶に巻かれたラベルには『夢占の夢』。その下部には小さく『副作用にご注意を』。
「副作用だ」