小説

『たぬきと小判』山波崇(『ぶんぶく茶釜』)

 五郎じいさんが、裏山にたぬきがいることを知ったのは12月の始めであった。それまでも年に何度か見かけることはあったが、人の気配を感じると、一目散に山奥に逃げ込み後は容易に姿を見せようとはしなかった。が、そのたぬきは違っていた。次の日も次の日も五郎じいさんの前に姿を現し続けたのである。
 すこし黒ずんだ毛艶から、年老いたたぬきのように見えた。たぬきは日が昇ると、山の中を行ったり来たりする。ときには鼻先を落ち葉のなかへ突っ込んだり、宙返りをしたり、熊笹の小枝で自分の姿を隠すようなしぐさを続けた。
(なにやってんじゃろう、あのたぬ公は……?)
 五郎じいさんは首をひねった。今年で八十歳を迎えようとしている五郎じいさんさえ、これほど変わった動きをするたぬきを見たのは初めてだったからである。
 五郎じいさんの家は、ひと山もふた山も越えた山奥の一軒家、あたりに民家はなく、山に挟まれた平たいところに小さな田んぼと畑がある。今では息子や娘たちも大きくなり遠くの町へ働きに出てしまっている。そんなわけで五郎じいさんにとって唯一の話し相手といえば菊ばあさんひとり、もしかしたら五郎じいさんは寂しかったのかもしれない。他に話し相手がほしかったのかもしれない。
 その日から、暇さえあれば裏山に目を向ける五郎じいさん。それでもたぬきは、五郎じいさんに気づきながらも逃げだすそぶりも見せず、いつものような動きを続ける。
「おおーい、たぬきさんよ。わしも仲間に入れてもらいんかなあー、ごらんの通り暇を持て余している身なんじゃよ」
 いつしか五郎じいさんは大きな声を出していた。
 たぬきは一瞬おどろいたように、五郎じいさんに目を向けたが、すぐに何事もなかったかのように、木々の間を抜き足さしあし、まるで忍者のような足取りで歩いてみたり、枯れ葉をお日様にかざし覗いてみたり、フィギュアスケートのように飛んだり跳ねたり回転したり、踊るような仕草を見せる。
「たぬきさんはいいなあー。面白そうに何をしているんだ。教えておくれよ」
 何度も声をかける五郎じいさん
 そのたびにたぬきは五郎じいさんに目を向けるが、答えようとはしなかった。
 

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