小説

『ユリ』田中りさこ(『ヒナギク』)

ツギクルバナー

 友莉は、水色のワンピースを買った。
 高校生になり、初めての夏を迎える少し前のことだった。普段は優柔不断な友莉だったが、このワンピースは一目で買うと決めた。
 薄い生地のノースリーブのワンピースは、余計な飾りのない、すっきりとした大人びたデザインだ。
 水色の布が透き通った海のような、あるいは、雲一つない空のようで、夏の始まりには、ぴったりだった。
 特に友莉が気に入っているのは、布にプリントされた鳥のヒバリだ。
 ワンピースを買うとき、服屋の店員に友莉が「この鳥は、なんていう鳥ですか?」と聞くと、店員は目を丸くした。
 きっと自分の質問は、見当違いだったのだろうと、友莉は恥ずかしくなり、「いいえ、なんでもないです」と答えた。
 その話を家族にすると、二つ上の姉、アザミが「あんたバカだねー」と言った。母は、「バカとか言わない。そうねえ」とワンピースを見ながら少し考えた。
「ヒバリ、じゃないかしら。冠羽があるもの」
 母は、ワンピースの鳥の頭を指さした。確かに、鳥の頭には、周囲より少し長い羽が飛び出していた。
 友莉は「ヒバリ」と繰り返した。
 ワンピースは、クローゼットにはしまわず、カーテンのレールにハンガーをかけた。
 開け放した窓から風が吹くたびに、ワンピースの裾が揺れ、ヒバリが空を飛んでいるようだった。

 翌朝、友莉は起きると、すぐアザミに声をかけた。
「お姉ちゃん、白いカーディガン、貸して。シフォンの」
 アザミとは、体格がほぼ同じで、時折服の貸し借りをした。
 アザミは、パンを頬張りながら、気のない返事をした。
「えー、何で。あんた、食べこぼすから、汚すじゃん」
「お願い。お昼ごはんの時は、ちゃんと脱ぐから」
「前も、そう言って、スカートに染みつけた」
「お願い。なんでもするから、さぁ」
「じゃあ、友莉のカバン貸してよ」
 友莉は言葉に詰まった。
 友莉のカバンというのは、高校の入学祝いに伯父伯母がくれたエナメルのハンドバックだ。
 

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