小説

『ネコソーゾクの兄弟』楠本龍一(『長靴を履いた猫』)

今日、父が死んだ。そう電話で知らされて田舎の家に駆けつけ、慌ただしくも葬式まで終わると、それまで集まっていた親戚一同も潮が引くように引き上げてゆき、長兄、次兄と三男の俺だけがガランとした部屋に取り残された。三人とも成人した今となっては、こうして実家で兄弟が揃うのも、思えば随分と久しぶりだ。
「あー……3人で話せる機会もそんなにないから今話しておこうと思う」長男が口を開いた「遺産のことなんだが」いきなり本題から入るドライさが長兄らしい、と俺は思う。「父さんが入院してから書いた遺書がある」そう言って長兄は封筒から一枚の紙を取り出し、広げて読み上げる。「長男には遺言人の預貯金・株式を全て相続させる。付記。取締役会及び株主には長兄がわが社の社長職に就くよう事前に話しを通してあるので、出来るだけ早く審議にかけること」
「まあ、兄さんが会社を相続だよな」
次兄が頷く。我が家はいわゆる中小企業の経営をしているのだ。一応株式会社だが実態は親族経営に近い。そんなわけだから、うちは大金持ちというわけにはいかないが、かと言って貧乏でもない、それなりに相続するものはあるのだ。そして長兄は件の会社で役員を務めているし、父が死んだことに対する情緒的な言葉より先に相続という実務的な言葉が出てくる程、ビジネスライクな男なのだ。流石、東大に余裕で受かり経済学部を優秀な成績で卒業して戻って来ただけのことはある。会社を継ぐには兄弟3人の中で最適だろう。しかしここで断っておくが俺は長兄をドライだとは思うものの、冷徹だ等と非難する気持ちは全くない。むしろ有能な男であると尊敬しているし、そもそも父からして実業家を絵に描いたような実利志向の男だったのだ。長兄の遺産整理の進め方は彼なりの父への敬意の示し方かもしれないとすら思う。そんなわけで俺も長兄が会社を継ぐことに異論が無いことを伝えるために軽く頷いた。
「次兄には以下の不動産を相続させる」
長兄が続いて読み上げたのはこの、田舎の家の住所だった。
 

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