小説

『ルンペル』田中りさこ(『ルンペルシュティルツヒェン』)

「大学のことか?」
 沙織は枕から顔を上げた。その顔に怒りが浮かんでいた。
「なんでもお見通しってわけね。どうしてそっとしておいてくれないの」
「行きたいのか?」
「そう、大学に行きたいの。父親が飲んだくれで借金まみれの娘は大学に行くなんて、不相応?」
 ルンぺルは沙織の頭をそっと撫でた。沙織は涙交じりの声で言った。
「ごめんなさい。ルンぺルはそんなこと思わないのにね」
 ルンぺルは、枕の横にあった編み掛けのマフラーを手に取った。沙織は「ちょっと」と取り返そうとしたが、ルンぺルはそれを軽くかわした。
「人の世界で価値のあるものを作ってやろう」
 すると、ルンぺルの手にかかると、すいすいと編み上がっていく毛糸がまばゆい光を放つ金の糸に変わっていった。
「金?」
 沙織はそれだけ呟いた。ルンぺルの手にかかり、毛糸があっという間に金に変わった。
「この力が欲しいか?」
 沙織は目を見開いた。
「今なんて?」
「この力を授けるよ。ただし、交換だ」
 ルンぺルの言葉に沙織は首を縦に振った。
「ラーメンと同じだ。対価にくれるものはなんでもいい」とルンぺルが言うと、沙織は「本当に何でもいいの?」と真剣な顔で問い返した。
「ああ」
 沙織は素早くルンぺルの口に自分の唇を押しあてた。ルンぺルが唖然として固まっていると、「私のファーストキスをあげたの」と沙織は微笑んだ。
ルンぺルはしどろもどろになって「人間はおかしな奴らだ」と言った。

 沙織は毛糸を買ってくると、夜な夜な毛糸を編み、金に変えた。その金を本棚の後ろに隠した。
 ところが、ある時、本棚の後ろを確認すると、金が跡形もなく消えていた。沙織は力が抜け、その場に座り込んだ。
 金を盗んだのは父親に決まっている、沙織が立ち上げって、玄関を出ようとすると黒スーツに身を包んだ男が数人沙織を取り囲んだ。
「あなたのお父様のことでお話があります」
 高級車に乗せられ、沙織が連れてこられたのは今までに見たことのない豪邸だった。豪邸の大広間に連れてこられた沙織は縛り上げられた父親を見つけた。
「お父さん?」
 立ち上がろうとした父親を傍らにいた若い男が足でけり倒した。見るからに上等なスーツを着ている男だ。男が沙織に近づき、椅子に座らせた。
「あなたは、美しい」
「はい?」
 男の不可解な発言に沙織は男を睨み返した。
「そんな顔もいいけれど、父親のためを思うのならば、笑顔でいるべきだと思いますよ」
 沙織が「何のことかわからない。私と父さんを解放して」と言うと、男は首を振った。

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