小説

『魔法使いのおはなし会』金銀砂子(『シンデレラ』)

     ☆
 気がつくと、その者はぼんやりとした中空に浮かんでいました。あたたかくも、寒くもありません。明るいのか、暗いのかもわかりません。自分以外には何も見えません。その者はひとりぼっちでした。
 ある時その者は、自分の内側がなにやら熱くなるのを感じました。胸もドキドキとして落ち着きません。居ても立っても居られなくなって、その者はわあっと叫びました。
 するとどうでしょう、自分の足下、遥か下の方で何かがぐぐっと引き攣れ、集まったかと思うと次の瞬間、ものすごい勢いで光と熱が洪水のように溢れ出しました。それは瞬く間に広がって、『宇宙』が生まれました。その空間はどんどん広がっていき、そこに、色とりどりのわたあめのようなものや、渦巻いて回転しているアイスクリーム玉のようなものや、ぱちぱちと発光を繰り返すカラーシュガーのようなものが次々と生まれていきました。その者の周りには一時に様々なもので溢れました。
 こうしてその者は『創造主』となったのです。
 創造主には、目の前や、もう自分にも見えない程遠くまで広がっていった様々なものを自分がどうやって生み出したのかという『しくみ』はわかりませんでした。しかし、自分がそれらのものを生み出したということはなぜだかわかりました。そうして、今度は思いつくままに、心に浮かんだものを創り出していったのです。見たもの・体験したことを膨らませて、新たなものを創り出すということは、たいそう楽しいことでした。見るものすべておもしろく、次から次へと新しいイメージが浮かんできたのです。また、自分が創ったものが自分の思った通りにだけでなく、思いつきもしなかった動きや反応をし、さらに多くのものが生まれていく様子を眺めることは、一等心躍るものでした。
 そのうちに、創造主は自分の姿形に似た者を創ることを思いつきました。碧(あお)い水晶のような星には他にも動く生き物がいるようだったので、そこなら寂しくないだろうと思い、そちらに創ることにしました。
 こうして創り出した『人』を創造主は大変気に入りました。特に気に入ったのは、彼らの想像力でした。これまでも多くのものが創造主の思いもつかないものを生み出したりしてきましたが、人程多くのものを観察し、学習し、発想し、創り出したものはいませんでした。また、彼らがたまたまではなく、意思を持って何かを創り出しているようだということも、創造主をなんだかくすぐったくさせました。
 ある時、創造主は人と話してみたくなりました。そうして人の住む星に降り立った創造主でしたが、誰かと話したことがなかったので、最初はなかなかうまく話しかけられませんでした。自分の姿を見ると逃げ出されてしまったり、うまく言葉を伝えられなかったり。それでも創造主は諦めず人に話しかけ続けました。
 するとある時、創造主の言葉を聞くものが現れました。創造主はとびきり喜んで、自分のこれまでのことを話しました。そうすると人はたいそう驚き、何でも熱心に聞いてくれました。創造主はそうして話を聞き、いろいろな反応をする人が好ましく思えてたまらなくなりました。
 しばらくすると創造主を大変驚かせることがありました。人たちが、自分のことを『神さま』と呼びはじめたのです。創造主はこれまで感じたことのないような喜びに包まれました。あったかくって、胸がくしゃっとして、じっとしていられないくらいなのに、なんだかとても落ち着いた心地でした。こんなに気持ちがいいのははじめて。自分に名前ができるなんて。名前を呼ばれるのって、なんていい感じなんだろう。
 さらに人たちは『おはなし』という、見たこと・聞いたこと・考えたことをまとめたものを作りました。これまでも、時や数字などの人の発明品をすばらしく感じていた創造主でしたが、これにはたいそう驚きました。人たちはほんとうに見たり聞いたりしたことだけでなく、彼らの想像でたくさんの世界を作り上げていきました。
 そして人は創造主の弟や妹や、子どものおはなしも作りました。なんと、創造主には人によって、家族が出来たのです。人が作ったそのおはなしを読むと、ほんとうに自分にも家族がいるようで、創造主はなんともよい心地がしたのでした。また、自分はひとりなのに、見た人・聞いた人によって違うおはなしを作るのも創造主はとても不思議に、おもしろく思っていました。おはなしの分だけ、違う生き方をしているような、自分の世界がどんどん広がっていくような、言いようのない嬉しみに満たされるのでした。
 創造主はおはなしが大好きになりました。人もおはなしも、とても好ましく思っていたのです。

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