あたしを握る手がしっとりと濡れてきて、弱々しく震えていた。
たぶん、真夏だった。あたしはもう、ベッドから降りることができなくなっていた。空調が効いた病室で、うつらうつらとしている。カーテン越しの強い明るさで、なんとか今の季節を推測できる。
半ば眠っていても、右手から心地よい温みが伝わってくる。夫はいつも、手を握ってくれていた。まどろみのようにぼんやりとした意識と感覚の中で、あたしをここに繋ぎとめる、たったひとつのものだった。
「ねえ」
ため息のような声しか出ない。
「なんだい」
こんなに近くにいるのに、いつもの顔は霧の向こうにある。声だけが、優しい。
何を言おうとしたか、忘れてしまう。思い出そうとしても、思考は水に落ちた砂糖のように、あえなく消えていく。
力が消えて、心が消えて、最後に身体が消える。怖いと思うほどの精神力も残っていない。
ただ――
この温もりを――
何だっただろう。
とても簡単なこと。
今がいつなのか判らない。
ここがどこなのか判らない。
あたしは何も見えない。何も聞こえない。
右から、湯のようなものが流れこんでくる。言葉、ではない。そういうはっきりしたものではない。
温かくて、濃くて、甘くて、苦しい。名前をつけることのできない、そんなもの。
夫がいる。あたしはもう彼を見ることはできないけれど、あたしのそばに居てくれる。
あたしは、どうなったら終わるのだろう。それはきっと、この感覚を失ったとき。
眠い。
もう眼を覚ましてはいないのに、抗いがたく意識が崩れていく。