SOMPO認知症エッセイコンテスト

『父のパジャマ』平賀緑

 六年前、父が亡くなったその日から、母の様子に変化が表れ、その後、認知症と診断された。年々症状は進んでいるが、なんとか一人で暮らしている。
 娘の私は、時々家事を手伝う為に通っている。そんなある冬の日、母のパジャマを洗濯しようと探しても見当たらない。母に聞いても、わからないと言う。母の枕の上には父が亡くなる前に着ていたパジャマがあった。
「お母さん、もしかしてお父さんのパジャマを着ているの?」私の問いかけにただ母は困った顔をしている。
「このパジャマは男物よ。前だって開いていて、おかしいでしょ!! まだとってあるの、もう捨ててもいいんじゃない」
母は「そうね」と言いながらも戸惑っていた。
 その頃の私は、次々怒る母の不自然な行動が恐かった。そして不安だった。
 翌日、近くに住む兄に、このことを話すと意外なことばが返ってきた。
「おやじのパジャマ着てるの? 大きいけどあったかいからいいんじゃない」
 そのことばを聞いて、急に肩の力がぬけたように感じた。こうしなければいけない。普通と違ったことをしてはいけない。そんなことはないんだ。私は狭い考えで自分を縛り、母の行為を否定ばかりしていたと気づいた。
 母にとって、父が着ていた見慣れたパジャマ。母が何回も洗濯し、たたんだパジャマ。それを着ることで父に暖かく包まれているような気持ちだったのかもしれない。
 その時から私は、黙って父のパジャマを洗濯し母の枕の上に置いている。
 そして私も。寒い冬の朝、父が着ていた、ダウンベストを着ている。広い心で介護をすることでお互いが楽になると気付かせてくれた母と兄に感謝し、父のぬくもりを背中に感じながら。