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『カフェオーレを』山下タロウ

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 雨を暖かく感じる五月半ばの午後だった。雨傘の水をはらって閉じ、エントランスに設けられたプラスチック袋に挿した。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
 ベルマンの青年、木村君と目が合い頭を下げた。私は勝手に木村君と呼ぶが、彼は私の名前を知らない。
 午後二時、ホテルのロビーは人の流れが落ち着き、フロアーに浮島のように浮かぶソファーにちらほら空きがあった。
 都心にあるこのホテルは、千室近くの客室を抱え、ロビーが広く天井が高く開放的な造りになっていた。ソファーはフロントデスクとエントランスの間に並んでおり、ロビーラウンジに隣接していた。
 書類の作成に煮詰まると、私は会社から歩いて十五分のこのホテルを訪れる。月に一度のこともあれば三度のこともあった。
 ロビーのソファーに座り背もたれに身体を預けると、膝の上に置いたノートパソコンのディスプレイに集中できた。キーを叩く手が止まっても、ロビーの音に耳を傾け、人々の様子を眺めていると良いアイデアが浮かんできた。
 絶え間なく音や声が行き交う。靴音、スーツケースのキャスターの音、人の声……、外国語の会話も混じる。
再会の喜び、別れの挨拶、自己紹介、ホテルのスタッフの声。
 どの声や音も留まることなく流れていた。
 このホテルを訪ねるようになってから、三年が経つ。
 以前勤めていた会社の元上司が社長を務める小さな貿易商社に、乞われて入社した長さと一致する。「好きなように仕事してくれて構わない。どうせ土日も仕事するだろうから」彼はそう言って部長として私を採用した。事実、四十歳、独身の私は週末にする事も無く会社に通っていた。
 通いだして数か月経った頃、ホテルに向かう並木道を歩いていた。何故あの場所に惹かれ心が落ち着くのかを考えながら、アスファルトから立ち上がる靴音に耳を傾けていた。そのリズムが森を流れる川に向かって歩く、幼い自分の歩みに重なった。
 私は暇さえあれば川を訪ねた。釣をしたり、石を投げて遊んだりしたが、岸辺で柳の木が作る日陰に寝転んで、鳥のさえずりや川底の石が転がる音を聴きながら空気と水の流れを感じているのが好きだった。
 ロビーは故郷の風景、森を流れる川だと気づいた。

 今日も岸辺にたどり着いた。
 フロントデスク、ベルマン、ロビーラウンジに見知った顔がある。名前を知っているのは、ベルマンの木村君一人だが。
 一年ほど前、いつものようにロビーのソファーでひと時を過ごした後、ロビーラウンジに移動してコーヒーを飲みながら仕事を終え、会社に向かって歩いていた。エントランスを出て歩く私を背後から呼び止める声がした。
「お客様、携帯電話をお忘れです」
 胸ポケットを手のひらで探った。あるはずの膨らみが無かった。
「助かりました。どうもありがとう」

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