ベッドの上にいる風間隆は、目がさえていた。しかし静かにしていなければならない。白いカーテンがわずかに明るくなっている。壁の時計は、早朝の5時25分を示している。7時前後に起きて準備をすれば、出勤時間には間に合う。隣で寝ている妻の秋恵も同様である。これが深夜なら二度寝するのだが、もう朝ではあるので再び目を瞑るのも中途半端である。
なぜ目を覚ましたのだろうか。何か音がしたような気がするし、その前は懐かしい雰囲気の夢を見たような印象が朧気ながら残っているが、はっきりとは覚えていない。
秋恵は寝息を立てている。彼女の顔を以前はたまらなく可愛く感じたものだが、最近は少し印象が変わってきた。全体は丸い顔立ちだが少し顎がシャープになっており眉毛が濃い。この目の上の部分が好きだったのだが、最近はこれを見るとうっとうしい印象を受ける。単に顔に関する趣味が変わったわけではない。隆にとっての秋恵の印象が変化したのが大きいだろう。
早寝早起きの隆と夜更かしで朝寝坊の秋恵。几帳面な隆と意外とずぼらな秋恵。テーブルの上に食べ終わった果物の残りがあると気になってしまう隆だが、秋恵は違うらしい。遅い時間に帰宅して、散らかっているのに文句を言うと、ふて腐れた表情をされた。それなのに帰宅後に疲れてソファーでうたた寝すると、秋恵の機嫌が悪くなっていく。実家に住んでいた頃は母が毛布をかけてくれた。それを懐かしく思い出したこともある。結果的にこのところ夫婦の会話が激減している。
夏から冬への移り変わりは速い。11月に入って明け方は寒く、布団が薄いのもあって目を覚ましやすくなっている。一人暮らしの頃は比較的暖かい日でも厚い掛け布団を使用していた。それが秋恵の趣味もあり薄い布団で統一している。同居した最初は暑い季節だったので問題なかったが、寒い季節になるにつれ浅い眠りになってきた。しかし秋恵はこの時期でも薄い布団で熟睡できている。
厚い布団に変えようと希望してもよいのだが、軟弱だと秋恵に思われそうだ。それもあって妻の意向に合わせている。
隆は東京生まれだが、両親は鹿児島と愛媛の出身である。秋恵も本人は東京出身なものの、両親は東北と北海道と聞いている。温暖な区域と寒冷な地であり、そういったことも理由なのだろうか。だいたいルーツが真逆だと夫婦生活には向いていないのではないだろうか。そんなことも思うようになってきている。
隆は布団から抜け出して、ガウンを羽織った。今日は火曜日で、週二回のゴミ出しの日に該当する。それがあるから起きたわけではないのだが、ちょうど目が覚めたのだから、ゴミでも出そうと前向きに考えることにした。
寝室を出てダイニングへ向かう。キッチンの隅に、ゴミのたっぷり入ったビニール袋が立てかけてある。それを右手で持ち上げて、玄関へ向かった。
廊下を歩きながら、ふと音がするのに気付いた。猫らしき甲高い鳴き声である。それを聞いて、目を覚ました理由がわかった。さっきは叫ぶような大きな声がした。今は諦めたような、小さな声に変わっている。断続的に、この声がしていたような気がする。
玄関に出て道へ降りると、段ボールが置かれていた。その中を見ると、一匹の茶虎の子猫が座っている。鳴き声の主がわかった。誰かが捨てたのだろうか。それもここにあるとは、うちで飼ってくれといわんばかりである。隆は周囲を見回した。人の気配はない。