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『桃色の絆』相川和彦

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 ちょうど私の顔がおさまるロッカーの鏡に、笑って見せた。
 「いらっしゃいませ」更衣室にはまだ人がいるから、小さな声で言ってみる。
 「よし」頷きながら、最後に【研修中】の札を制服の胸につけた。この札をつけるのも今日で最後だ。ここ一ヶ月に経験した様々な出来事が、脳裏を駆け巡る。
 一つ深呼吸して、更衣室の扉を開けた。本館へつながる廊下はまさに滑走路。徐々に私の気持ちを高めてくれる。しかも廊下の側面はガラス張りになっていて、我がホテル自慢の中庭が見えた。
 「ホント、きれい」毎日見ていても満開の桜には足を止められる。太い幹を携えた三十本もの桜が、中庭を囲んでいた。さらにその外縁には菜の花の黄色が微風に揺れている。雲一つない青空から降る陽光に桃色と黄色が映えて、自然美を演出していた。
 このホテルは海にも近い。基本的にはオーシャンビューを売り物にしているが、マウンテンビューになってもお客様をがっかりさせないよう、先々代の社長が中庭に季節の花を植えたらしい。長い時間を要したがその戦略は見事に的中した。実際、彩られた花や植物の景色を楽しみに、あえてマウンテンビューの部屋を予約してくるお客様も多いのだから。
 「あっ、まずい」見惚れていたらシフトインの時間ぎりぎりになってしまった。
 私は小走りで本館に向かう。駆けながら、『ホテルの人間は、常に余裕をもった優雅な振る舞いを忘れるな』という岸田総支配人の言葉が蘇った。
残念ながら今の自分にそんな余裕はない。
 本館に入り急いでフロントへ向かった。時間は午後二時。ロビーには人気がない。今朝チェックアウトされたお客様の後にハウスキーパーが入り、ルームクリーニング。延泊やアーリーチェックイン以外のお客様はいない時間帯だ。ゆったりとした時間とも言えるが、嵐の前の静けさとも言える。
 私はフロント裏の事務所で先輩方へ挨拶した。このホテルのチェックイン時間は十四時だから、一旦ホテルへ、というお客様がぼちぼちやって来る頃だ。
 フロントに立つ緊張感は未だ抜けない。わくわくした気持ちと、ミスをできない不安とがない交ぜになっている。自分は業務として毎日ここに立つが、お客様にとっては人生でたった一度のご宿泊かもしれない。無数にあるホテルの中からこのホテルを選び、わざわざ足を運んでくれる。そして気にいれば、また来てくれるかもしれない。フロントはそのホテルの顔として、お客様の貴重な旅の一翼を担わせてもらうのだ。
背筋を伸ばし、私は改めてその気持ちを胸に刻んだ。
 今日初めてのお客様がドアマンに誘われてやってくる。フロントに立つ先輩の小川好美が「優奈ちゃん、卒業試験だね」と私に目配せした。彼女は入社五年目の中堅だが、私の憧れでもある。動きに無駄がなく、それでいて接客はソフト。天然ものの笑顔でお客様を安心させる。お客様を一見して、問題がなさそうであれば私に対処させる。少し癖のありそうなお客様とみれば、自分がスッと前へ出るのだ。

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