声が上ずっているのが自分でもわかる。教授は私の方を向き、微笑んだ。
「ありがとう。いただきましょう」
私は栓を抜き、ゆっくりとグラスに注いだ。あざやかなワインレッドが広がる。教授はしばらくじっと、グラスに視線を注いだ。
『君のやったことは、時への冒涜だ!』
あの時の志垣教授の怒号がよみがえる。十年前、謝恩会会場。酔ってハメを外した私は、教授が振るまってくれたワインが入ったグラスを、男子学生の頭にぶちまけた。
とたんに、今まで一度として聞いたことのない志垣教授の叫びが響き、彼の血走った鋭い目が私を射抜いた。
『数年、いや数十年を経て完成された芸術品を、君は一瞬で破壊したんだ!』
教授は一気にワインを飲み干すと、グラスを置いた。そして静かに目を閉じた。
「いやー、こんな美味しいワインは久しぶりだ」
「ありがとうございます」
教授は満足したように何度もうなずいた。やはり彼は……。立ち去ろうとした時、彼のつぶやきが聞こえた。
「ボルドーの赤、七十年物。私にとって生涯最高の酒だ」
金縛りにあったように、私は動けなくなった。
「自分の世界を踏みにじられると、抑えが効かなくなる。人格者だなんてとんでもない、まだまだ青二才だよ」
彼が振り向いて私を見た。
「あの時、私と君の間から消えた時間に、ようやく出会うことができた。良かった……」
やさしい笑み。それが視界から、だんだんぼやけてゆく。