「そう、そうなんだ」
そう言って男性は僕をまじまじと見つめ始めました。予期せぬ行動に思わず僕は身を引いてしまった。すると男性は真っ白な歯を見せつける様な笑顔で言うんです。
「その社長さんの工場。ここから見えるんだよ」
「そうなんですか?」
「ちょっと来な。外に出れば見えるから」
話にびっくりして言われるがままに、僕は男性と一緒に建物の外へと出ていた。
青年会館は小高い山の上にあり、周辺には高層の建物はない。山上から見下ろす光景は住宅地、あと殆どが田圃か畑。緑がまだ多く残る場所なんだ。
会館玄関から出て直ぐに、目の前が開けて遠先まで見える景色の中。男性が立ち止まって指差していた。
「分かるかい? あれが社長さんの工場だよ」
男性が指し示したのは、遠くで霞んで見えた大きな工場の建物一棟。見えるからと僕は直ぐ近場を想像していたから見て驚いた。
だけど男性が指すのはそれだけでなく、展望を横に次々と建物を示していくのだ。
「その隣も、その次も……あれ全部が社長の工場なんだ」
壮観だ。この場所から遠くに見える工場の数々。それ全部が正浩さんが創り上げたものだった。
とても雄大で圧巻だった。そして思った。
これが正浩さんの恩返しの証なんだと。何よりこんな所で繋がるのに驚いた。そして分かった。どうして心が蠢き突き動かされたのか。
命懸けだ。あの四郎さんも正浩さんも、命懸けだったんだ。僕がまだやった事がないもの。
正しいとは言えない四郎さんの行い。でも根本にある大事なものは受け継がれた。それが正浩さんを経て、現実となって目の前の光景にあるんだ。
思わず足が竦んだ。たった一人の命懸けの恩返しがここまでのものを創り上げるなんて。いや四郎さんの行いも連綿と存在した結果なんだと。
「俺もあそこで働いてんだ」と教えてくれた色黒の男性が自慢げに笑って言った。笑顔はカッコよく見え、本当に自慢な職場だと語っているのが分かる。
「もし興味があるならウチに就職に来な。歓迎するよ」
その誘いは震える程に僕は嬉しかった。
「拓真、専門学校に決めたんだって?」と心配そうに先生が訊いて来ていた。
「はい。機械工学の学校に」
「お前がそう言うのに興味あるなんて知らなかったなぁ。まあ決めた事だから応援するぞ」
まだ先生には正浩さんの事は話してない。それとも実は先生も知っているのかも。
でも敢えて話さないでおこう。
専門学校を出てからでも、正浩さんの会社に勤め始めてからでも。
今は恩返しが僕のワクワクする夢となっている。
きっと鶴が織った織物も命懸けだからこその美しさがあったんだと分かる。それをちょっとだけでもやってみたいと思った。そしてこの繋がりは運命のように感じたから。
「しかし、お前なァ……」と先生が腕組みしながら僕を見つめた。そしてニヤッとしてから言うのだ。
「――カッコいいよ。自分で決めるなんて」
いえいえ先生。まだまだこれからです。
僕の命懸けは始まったばかりですから。そう想いながら先生に微笑み返していた。