なんて所に配属をされてしまったのだ。
原田はそう思った。
『ウルサイホテル』
『ウルサイ』という名前の土地にある訳でもなく、マナーや礼儀に対して『うるさい』ことを述べるマナー教室のようなホテルという訳でもなくて、文字通り『うるさい』もしくは『騒がしい』ホテルなのである。
何故か?
それは、このホテルは赤ん坊や子供がいくら泣こうが、喚こうが、騒ごうが一向に構わないというコンセプトを掲げたホテルだからだ。
そして、それを理解しているお客さんだけが宿泊をしている。実際に、お客さんの百パーセントが子連れで、奇声とも言える大声を出す子供や赤ん坊の夜泣きを互いに許し合っている場所となっている。
だから、子供がいるという理由で旅行に二の足を踏んでいる客層をターゲットにしたプランは、見事に成功をしているようだ。
そんな所に、大学を卒業したばかりで、子育てどころか子供の面倒をみた経験が全くない原田は配属をされた。
ホテルには保育士の免許を保有していたり、子育ての経験がある先輩がいるので、自分が直接的に子供のケアをすることはほとんどないが、カウンターでお客さんを迎え入れる為に満面の笑顔で『こんにちは』と言っただけで、泣かれてしまった時には、原田だって泣きたくなった。
無論、『ウルサイホテル』と掲げてあったとしても、公共の場であるので最低限のマナーを守ってもらわなくてはならない。走り回っていたら危険だから注意をするし、壁や扉を壊すがごとく騒いでいる時には一言入れる。
大概のお客さんはそれを理解してくれるが、中には『ウルサイホテルなんじゃないの?』と全てが許されると思っているお客さんがいるので、そんな時には苦労をする。
なんて所に配属をされてしまったのだとやはり思う。
いつ『辞めます』の一言を出してしまうのか自分でも不安がある。
そして、やはり今日も『ウルサイホテル』はチェックインの時間から賑やかだった。
ロビーにはキッズブロックが敷き詰められ、自由に使えるおもちゃが置かれているから、子供たちはホテルに入った瞬間から大騒ぎである。
原田にとってそれは日常茶飯事であるが日に日に憤懣が積もり、うんざりしてしまう。
チェックインのピークが過ぎ、少し落ち着いているとひと組のお客さんがやって来た。
「こんにちは、ようこそいらっしゃいませ」
そのお客さんは老夫婦であった。孫を連れている様子もなく、夫婦だけでやって来た。
「今日から一泊でお世話になります深津ですが」
夫の深津氏が原田に声をかけた。
「深津様、ようこそお越し下さいました」