『ロスタディクション』
和織
(『それはほとんど少女のよう』『沙羅の花』)
記憶覚ましが鳴って、花が咲き、彼女が目を覚ます。僕の糸は絡まない。君はどこへも行かない。何度訊かれても、僕は答えない。それがこの季節を完璧にするから。
『真冬のセミ』
羽賀加代子
(『アリとキリギリス』)
数年前の冬、アリに命を救われたキリギリスは心をすっかり入れ替え、アリと二人で額に汗して働いていた。ある雪の降る夜。アリとキリギリスの住む家に、セミの幼虫が迷い込んできた。凍傷になりかけていたセミの幼虫は、温かいスープをもらって命拾いをする。
『桃井太郎と女たち』
常田あさこ
(『桃太郎』)
桃井太郎が研修で出会った3人の女性社員が、三連休を利用して、桃井の住む岡山まで観光にやってきた。甘いものを食べ、お殿様になり、お姫様になり、縁結びの神社をめぐる彼女たちに同行すると、人となりが見えてきた。桃井は彼女たちに親心のような感情を抱く。
『雨よ、雨よ』
高橋惠利子
(『Historien om en Moder』)
茶トラの猫は、子供たちを生き返らせるために、神の住む場所に辿り着いた。そこに住む神は、まめに花の手入れを行っていた。そこへ、茶トラの猫と同じように子供の命を奪われた人間の母親が訪れる。神は、命からがらたどり着いた母親の願いを聞き入れるどころか、子供の命の花を引き抜いた。
『うさがなえ奇譚』
佐倉アキ
(『徒然草』「これも仁和寺の法師」)
甥の祝いの席で深酒をした主人公が、家にあったウサギの着ぐるみ(頭部のみ)をかぶったところ抜けなってしまう。抜くために試行錯誤しているうちに、主人公は自分の中に、兄へのコンプレックスや甥へ後ろめたさがあることに気づく。それと向き合うことで、ウサギ頭は抜ける。
『先生と龍』
菊野琴子
(『今昔物語集』巻第13「竜聞法花読誦依持者語降雨死語第三十三」)
龍苑寺という廃寺に不思議な青年が現れ、寺を直して村の子供達に学問を教えるようになった。ある日そこへ、嵐と共に男が降り立つ。その男は龍であった。龍はそのまま寺に棲み、人々と接する内、国中に存在が知れ渡る。やがて国が大干魃に見舞われ、青年を召し出した帝は、龍を操れと命じるが――――。
『500万の使い途』
おおのあきこ
(O.ヘンリー『千ドル』)
ごくふつうのサラリーマン、郁夫のもとにいきなり転がりこんできた500万円の遺産。とまどいつつも、これで最近つれない恋人の心を取り戻せる!と舞い上がる郁夫。さっそく高級ブランドのバッグを……いや、もっといい贈りものがある! 郁夫はあることを思いつき、さっそく行動に出るのだが……
『生まれたままの姿』
多田正太郎
(『北風と太陽』『オンドリと風』『風の又三郎』)
北風と太陽・・。風なぁ。 何だよ?良かった、ってな。ほー、良かっただと? ああ、よかった。何でだよ?風だからさ。風だから?そう、風だから。全然分からん。そうだよな。だろ。だから、風なのさ。だから、風なのさ、だと? そう。
『彼女のせいで』
柿沼雅美
(『孤独地獄』)
「地獄にもさまざまあってね、でも、孤独地獄だけは、山にも荒れ野にも空中にも、どこでも忽然とあらわれるんだって。」大学生なのに制服を着たりツインテールにしたり、子供にしかみえない彼女は、僕にそんな話をした。