『人魚姫』
山口みやこ
(『人魚姫』)
活字中毒で「Bookworm(本の虫)」と囃されてきた私は、異性を偶像化して疑似恋愛を楽しまない自分を不自然に感じたこともなかった。ドキドキするのが女の先輩なのは女子校によくある事だし、物語の凛々しいヒロインにも憧れも感じた。
『クリスマスの精霊たち』
和木弘
(『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ)
独身の五十男にとって、クリスマスにいったい何の意味があるというのだ。ましてや失業中の我が身にとって、街の浮かれた風景は目障りでしかない。気が付くと、俺は一人で暗闇の中にいた。杖をついた老人が俺を手招きしている。
『三年目の彼女』
近藤いつか
(落語『三年目』)
人は亜子さんのことを美人だという。だが、出逢った翌日には残念だ、と嘆く。美人ゆえ僕の想像できないような人生経験を積んで、彼氏の前で鼻をほじれるような性格になったのか、もともとそうだったのか、僕は未だに判別できない。
『死んだレイラと魔法使い』
本間久慧
(『シンデレラ』)
髪の長い、キレイな女性だったと思います。見たことの無い人でした。ぼくは彼女と目が合ったのですが、夢を見たのかと思いました。なぜなら、不可能だからです。そのときの彼女は、猛スピードで落下していたはず、だからです。
『ふつうの国のアリス』
汐見舜一
(『不思議の国のアリス』)
自分の容姿を醜いとは思っていませんが、やはり美しいとも思っていない私に、アリスなんて名前は荷が重すぎるのです。たしかに最近は、もっと『強烈』な名前があると聞きますし、それに比べれば普通なのかもしれませんが……。
『ユニフォーム』
山本康仁
(『笠地蔵』)
父の跡を継いだスポーツ洋品店にある日、元気な小学生が8人やってきた。野球のユニフォームを8着作りたいという。利益を度外視して作ってあげた私はその後、河原のグラウンドで試合をする9名の子どもたちを見かける。
『私の頭の上の話』
坂本和佳
(『鼻』芥川龍之介/古典落語『頭山』)
遅咲きの新人女性脚本家、坂本和佳はある日、鏡で自分の姿を見て仰天した。なんと自分の頭に富士山が生えていたのだ。幸い、健康面と日常生活には問題がないらしい。人々は、「今日の富士山はきれいだね」と拝んでいく。
『流星のサドル』
宮澤えふ
(『蒲団』田山花袋)
蒲団を干そうとした細君を、私は怒鳴りながら突き飛ばし、それを両手で抱えこんだ。何ということをするのだ。芳子の残り香が消えてしまったらどうする。怒りに震え細君を睨む。細君は「ああ、やっぱり」という軽蔑の目だった。