『黍団子をもう一度』
山北貴子
(『桃太郎』)
桃太郎は鬼を倒し、一躍英雄となった。人々に感謝され、多くの人からお礼の品々が届き、満ち足りた生活。そんな艶やかな生活に桃太郎は疲れ、再び旅に出ようと決める。しかし今度は鬼退治ではない、自分の出生の秘密を探るために。再び黍団子を腰に下げ桃太郎は自分が流れてきた川をたどっていく。
『羽化の明日』
木江恭
(『幸福の王子』)
夏休み前日、私は桐子と一ヶ月限りの友達になった。美人で勤勉で、そして献血に不思議な熱意を抱く桐子。大好きな桐子と過ごせる日々は満ち足りていたのに、ある日私は桐子を傷つけてしまう。どうしても明かすことができない秘密のために。
『桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と』
大前粟生
(『桃太郎』)
桃太郎が川で洗濯をしていると、桃太郎がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れてくる。桃太郎が家に持ち帰って桃太郎といっしょに桃太郎を切って見ると、なかからはなんと大きな桃太郎が出てきた。やがて青年になった桃太郎は鬼退治のために鬼が島にいくことを桃太郎と桃太郎に告げる。
『パーティ』
大前粟生
(『灰かぶり姫』)
わたしたちはパーティにいって、義務としての社交を果たしたあと、生徒会長の寝室に続く長い列に並ぶ。一方、家で待つ埃とフケと灰と羽にまみれたあの子はパーティにこれない。パーティにいけますように、とあの子は木に向かってお願いをしていたけど、パーティにこれるわけがない、絶対に、絶対にだ!
『きのうの私』
まやかし
(『ドッペルゲンガー』)
久しぶりの休日に思いがけずドッペルゲンガーを発見してしまった私は、ほかにも自分がいないか探すことにした。ドッペルゲンガーがいる場所は、どうも思い出の場所らしい。いろいろな場所で記憶と気持ちが蘇ってゆく中で、ついにドッペルゲンガーの正体が判明するのだった。
『F・A・C・E』
澤ノブワレ
(『むじな』)
街灯の真下で俯く男。こちらを見ている様子は無いが、俺を待ち構えているような気がしてならない。色の禿げてしまったカーキ色の汚いコートに身を包み、フードを目深に被って、死体かと疑うくらい微動だにしない。――刑事だろうか。俺は数秒だけ立ち止まって、そのまま歩くことに決めた。
『ピンクの100円ライター』
山名美穂
(『マッチ売りの少女』)
大晦日。仕事帰りに同級生のコバヤシと再会した『クリタ』。社会人になった彼と公園で話をすることに。喫煙者の彼が使うのは、学生時代と同じピンク色の100円ライター。ライターがタバコに火をつけるたび、彼のブランド品や懐かしい思い出が浮かびあがる。でも最後にその灯りがふたりに見せたものは…。
『魔法使いとネズミの御者』
Dice
(ぺロー版『シンデレラ』)
シンデレラを舞踏会へ送り届けた元ネズミの御者は、魔法使いにこのまま人間にしてほしいと頼む。魔法使いはネズミを面接し、人間でいるにふさわしいかどうか確かめようとする。自分の考えが甘かったと悟ったネズミはいったんは願いを取り下げ、翌日の二回目の舞踏会までに結論を出すことにする。
『綿四季』
音木絃伽
(『枕草子』第一段)
春は気持ちがふわんふわんする。落下を待つジェットコースターとおんなじで、下腹辺りがむずがゆくなり緊張と不安に憔悴するくせに、今か今かと目前の壮快疾走に期待して心が躍る。落ち着かないので酒を飲む。梅酒とか花梨酒とか春は果実酒が飲みたくなるー変化する気持ちと季節と鞄の中身のおはなし。