『狸釜』
化野生姜
(『ぶんぶく茶釜』)
「ほら、出てきましたよ…。」そう言うと、住職は嬉しそうに障子の隙間を指差した。どろりと濁った目。開いた口からだらしなく垂れさがった舌。のたうち回るといったほうが適切なほどの、あの奇妙な動き。私は、あの茶釜から出た狸に何か不穏なものを感じずにはいられなかった……。
『白昼夢』
斗哉真
(新美南吉『手袋を買いに』)
二月の木枯らし吹く季節のこと。喫茶店の中で、「私」は、少々荒んだ気持ちでいた。そこへやってきた若いウエイトレスのお陰で和やかな気分になった「私」は、ふと、幼少の頃の記憶に思いを馳せる。それは、小学校の、朗読の授業での出来事だった……
『不自由な幸福』
長月竜胆
(『アザミを食べるロバ』)
人間の食料を積荷として運んでいたロバ。途中、好物のアザミが咲いているのを見つけ、夢中になって食べ始めた。そんな様子を見た鳥は、「食料を背負いながら、道端の草花を食べるなんて滑稽だ」と馬鹿にする。ロバは人間との共存だと反論するが、鳥は全く相手にしない。無礼な鳥に対しロバは……。
『面白い勝負』
℃
(『平家物語』)
これは昔の物語。海を挟んで対峙する二つの勢力がいた。戦いが膠着する中、一人の使者が小舟に乗って現れる。使者は金色の扇を掲げると、ある勝負を提案してきた。この扇を狙え。ただし――これは昔の物語。そして、たぶん未来の物語。
『裸の王様』
anurito
(『裸の王様』他)
現在の地球の、ある先進国家での物語。その国の政治の中心である大統領と相談役・アール氏の前に突如、銀河連邦の宇宙人と名乗る若者が現れた。その宇宙人は、地球人の知性レベルを調べるため、知能が高い人間にしか見えない服を大統領に着るように強要してくるのだが……。
『瑠璃色の記憶』
本多ミル
(北原白秋『あめふり』)
雨宮敬子は、認知症が出てきた母親の介護のために実家に居る。そして、小さいころの大好きだった母と映画に行ったときの夢をよく見る。瑠璃色あじさいのじゃのめ傘、くるくると回して歩いた雨の歩道……歌った歌、その記憶と占い師の言葉。敬子の気持ちは複雑に揺れていた。