『そうよ相応』
番匠美玖
(『人魚姫』)
二十歳になるレイネスは、紫のうろこの人魚だ。彼女の住む人魚の楽園では、数年前に姫が人間と結婚するという出来事がおこっていた。それに憧れるレイネスも人間との結婚を望み、そのチャンスをつかむが……。住む環境や種族の壁は、夢の障害となるのか否か。人魚姫の新訳小説。
『それぞれの密』
柿沼雅美
(谷崎潤一郎『秘密』)
夜中に家をでていく博隆の「秘密」。家の中で閉じ込められたような気分の瑛子の理想の「綿密」。制服が邪魔をすると言いながら心地のよい「密室」で過ごす英美。それぞれの快楽が少しずつ傾きにむかっていた。
『トマトジュースは健康に良い』
祀水
(『ヘンゼルとグレーテル』)
姉と妹は走っていた。その手にトマトを持って。二人は元々裕福な家の娘だった。ところが、順調に思われた父親が事業に失敗し、路頭に迷ったところで両親が流行り病で帰らぬ人となり、今では姉妹二人、その日暮らしもままならないような生活を送っていた。
『また会えますね』
吉倉妙
(『夢十夜』第一夜)
単発バイトをしながら二回目の就職活動をしている僕は、「これも何かの縁」で、便利屋の仕事も引き受けるようになった。そして、春分の日に頼まれた仕事は、見知らぬ人のお墓参りで……。
『ものがたりの続き』
原口りさ子
(『人魚のひいさま』)
お姫様を失い、悲しみにくれた人魚の民は、その悲しみと怒りの矛先を、人間と、海の魔女へと向けた。そして、人魚の王様は、海の魔女との戦いを兵に命じた。魔女は去り、平穏は訪れる。しかし、魔女は本当に「悪役」だったのだろうか。
『亀の角兵衛』
NOBUOTTO
(『浦島太郎』)
竜宮城で長らく乙姫に使える亀の角兵衛に、とても面倒でとても気が重くなるミッションが降ってきた。ひとつは浦島太郎を連れ戻すこと。そしてもうひとつは悪党退治。角兵衛はそれなりに、自分なりにミッションを遂行するのであった。
『座布団』
村崎香
(田山花袋『蒲団』)
隣の席に新入社員がやってきた。年は二十代半ば、ゆとり世代と言われて久しい年頃には似合わず、黒い髪を一つに束ねて薄化粧で顔を彩り、元の素材の良さがよく見える女性だった。小柄で人形のようにも感じられるが、人形は人形でも日本人形を彷彿とさせる風貌である。
『若返りの水』
井上岳人
(日本昔話『若返りの水』)
お爺さんとお婆さんが仲良く暮らしていた。ある日お爺さんが若返りの水を飲んで若返ると、お婆さんも飲みに出かけた。が、赤ん坊になってしまい、お爺さんの若者が懸命に育てた。ところが、年頃に娘になったお婆さんは、他の男に嫁いでしまった。
『神かくしにあった少年』
小笠原幹夫
(『諸国里人談』)
時間の経過――時の流れというものほど不思議なものはありません。退屈な教師の授業を聞いていると一時間がひどく長く、劇場や寄席で演芸を楽しんでいると同じ一時間がひじょうに短い。また、いまわたくしが、「自分は一、二秒のあいだに、三年間の生活をした」と言ったら、人はわたくしの精神の状態を疑うでしょう。