『犬が桃太郎の名を呼ぶ話』
月山
(『桃太郎』)
「桃太郎さん、きびだんごは?」「全部食べた」「桃太郎さん、ここで何を?」「野垂れ死のうと思って、死ぬ場所を探していたんだ」「桃太郎さん、それはどうして」「島に行く気がないからさ」
『七分の六番目の河童』
園山真央
(『河童』芥川龍之介)
先輩の妊娠を機に「流産は七分の一の確率で起こる」ことを知った慶は、芥川の短編「河童」を思い出す。人間も河童のように出生前に誕生への意思を問われているならば、「産まれたくない」と答える勇気を持つ者は全体の七分の一程ではないか。慶は自分を勇気なく産まれた七分の六番目の河童だと考える。
『末裔』
広瀬厚氏
(『雪女』)
真夏の炎天下、仕事をやめ無職のアキオは街をあてもなく歩いていた。そんな彼の目にショーウインドーを眺め立つ色白な女の後ろ姿がとまった。彼が後ろ姿に見惚れていると女はふらり倒れるように地面の上にうずくまった。アキオは女にかけより声をかけた。振り返った女の目には冷たいものが宿っていた。
『眠り姫とオフィーリア』
乃波深里
(『眠れる森の美女』/『ハムレット』シェークスピア)
親友との些細なすれ違い、自分に向けられる同級生からの好意への戸惑い。持てあます様々な思いから逃げるように、あたしは今日も、高校の美術教師浮橋の描いた、美しいオフィーリアの元へ足を運ぶのだ。いつかきっと、彼女は目覚めるはずなのだ、という少しばかりの期待をもって。