おっと、私はどうしたんだ。彼女の言うとおり、私はかなり疲れているようだ。会話を続ける質問を自ら投げかけてしまった……。この場合、それは遅かったですね、くらいの返事が正解だったのに。
「四時間くらいですか。ここには九時前には来てますから、七時起きなんです」
「そうなんですか」
よし、これが適度なのだ。では、目を閉じようか、そう思った時、
「どうしても見たかった映画のDVDを借りてきて、立て続けに二本観てしまいました」
映画? 再び条件反射的に私の口が滑っていた。
「映画、お好きなんですか?」
「はい、とっても。」
「どんなジャンルをご覧になるのですか?」
「ジャンルというか、私、監督で選ぶんです」
え? この人はジャンルで選ばない、と言うのか……。
「か、か、監督で選ぶんですか?」
思わず目を見開いた私を見て、鏡に映る彼女はドライヤーを持って微笑んでいた。
「ブローしますね」
「はい、お願いします」
私は質問したことに後悔していた。ドライヤーの音はかなり大きな音のはずだ。たぶん会話はしにくくなる。美容師さんの作業プロセスの中で、間の悪いタイミングだったのではないだろうか。ところが彼女は意に介さず、私の質問に答えてくれた。
「ええ。昔の映画が好きなんですが、一人の監督の作品を見始めたら、突き詰めちゃって。前はヒッチコックだったのですが、今は黒沢にハマってます」
なんだ、ちゃんと聞こえるのか。それにしても、ヒッチコックと黒沢か。二人とも巨匠だ。名前は当然、私だって知っているし、作品も少しだが観てはいる。でも何を観たっけ……。
「ご覧になったことあります?」
そう来るよな……。
私は映画をジャンルで選ぶ。SFやアクションの大作、いわゆるハリウッドの話題作が好きなのだ。この日は土曜日で私は休みだった。この美容室に入る前、楽しみにしていた映画を堪能してきていた。彼女の映画という単語に思わず反応してしまったのは、その余韻に浸っていたせいだ。
「あります。二人とも有名ですから」
「そうですよね。でも疲れました。二本観ると、五時間以上ですから」
「五時間! 五時間、観続けたのですか?」
「ホント、バカですよね。よくやるんです」
「よくやるって……」
「何かおつけになります?」