「そうですね。でもやっぱりちがうんだな」
真田さんはそう言ってケープから手をだして毛先を触った。
それからしばらくは店内に流れている音楽と髪がカットされていく音だけが部屋に響いた。
「あの、変なこと聞いていいですか」
改まった声に思わずハサミを止める。真田さんの目は真剣だった。
「林さんってなんで美容師になったんですか?」
「え? あ、まあお母さんの妹、叔母さんなんですが、が美容師で。すごくやさしくて大好きで。ああ、そうですね。だから美容師というか叔母さんが好きで構ってもらってるうちにいつの間にか目指してたというか」
話しながらわたしは懐かしい風景を思い出していた。一人で叔母さんの美容室に遊びに行くのが許可されたのは四年生になってからだったので、そんなに騒いで困らせていたつもりは……多分ない。それにしても今から二十年も前になるのか。
「叔母さんはお母さんと結構年離れてて。だからわたしにとってはおねえさんって感じで。美容室に置いてあった雑誌とか漫画読んだりしながら叔母さんが髪切ったりカラーしたりパーマしてるのを見てどきどきしてましたね。魔法少女の変身シーンとかあるじゃないですか。わたしあれってあんまり好きじゃなくて。そんな魔法でパッとできるものじゃないんだぞって思ってました」
「えらい現実的な子どもですね」
「いやー今考えたら夢がないですよね」
「いや、むしろあったじゃないですか、夢」
「え?」
「美容師になりたいって夢が」
真田さんの口から放たれた、夢という単語。はたと考える。わたしは美容師になるのが夢だったのだろうか。そもそもいつから具体的に美容師になろうと思っていたのだろう。中学生のときには自分の髪をよくいじっていて、それを友達がほめてくれてその子達にもやり始めたら人気者になって。自然に美容専門学校に通うことを決めて。叔母さんはもちろん両親も応援してくれて。
「うーん。なんかしっくりこないですね。なんか夢ってこう、キラキラしてる感じじゃないですか。わたしはもうちょっと、なんていうかスッと波に乗ってる感じでしたから」
「波に」
「波もおおげさかな」
「でも未だに乗り続けてるんですよね」
「はい。おかげさまで」
「すごいことです」
「そうですか?」
「すごいことですよ」
そんな風に言われると照れてしまうが、だけど順風満帆なわけではなかった。専門学校では自分よりもずっと器用でセンスが良い人が何人もいて自信喪失しそうになったこともあったし、最初に入ったヘアサロンはオーナーがワンマンで怖くて辞めてしまったし。
色んな波を乗り越えながら、わたしは今も美容師を続けている。
「あの、じゃあわたしも聞いてもいいですか」
真田さんが質問をしてくれたおかげでわたしも聞きやすくなった。真田さんが「どうぞ」と言ったので一息吸ってその疑問を口にする。
「髪、伸ばしてたんですか?」
「ああ」