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『春を告ぐシャンプ―』徳原新月

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「はい、流しますね」
 このごろの私の仕事場は、わずか四畳の小さな車のなかだった。
 私の合図とともに、洗髪されているロマンスグレーのおばあさんーーカルテには千鶴さんと書かれている――が、にこりと笑う。コンディショナーを流し終わり、洗髪台を起こす。車の中には、二台の洗髪台が備え付けられ、一台は店長が、もう一台を私が使っていた。
「いま、お鏡、お渡ししますね」
 移動理美容車の棚に置いてあった手鏡を、千鶴さんに渡す。被災地では鏡すら貴重品だ。私たちシャンプーボランティアは、東京から一日五万円の理美容車に乗って、被災から一か月後の四月に仙台に到着した。だが、私たちの車に乗るまで、鏡を見たことがなかった人もいるほどだ。
「私って、こんな顔してたのね」
 と、千鶴さんはすこし笑って言った。
「お綺麗ですよ。カットも、少しならできますが、いかがしますか?」
「そうねえ……少しでいいわ。夫のお墓にね、私の髪をすこし入れてあげることにしたの。お骨もすこししか見つからなかったし、寂しくないようにって」
「仲、良かったんですね」
「さぁ……。どうかしら。でも、いまとても寂しいことが、愛していたってことなら、そうかもしれない」
 手鏡に映る千鶴さんは、来たときとは別人のように顔を輝かせている。シャンプーをするだけで、身なりを整えるだけで、ひとはこんなにも幸せになれるのだ。
「ありがとうね。……あんまり汚かったから、本当に来ていいのかなって迷っちゃったけど」
「いつでもどうぞ。周りの方にも、ぜひ声をかけてみてください」
 私たちが仙台にやってきたのは、東京の美容室で寄付を募るだけでは足りない、もっと直接的に誰かの心を救えたらと思ったからだ。いや、救うというのは烏滸がましい。ただ、毎日流れる津波や地震の映像を見て、胸が冷たく震えたからだ。
「……じゃあ、小林さんにも教えてあげなきゃ」
「ええ、ぜひ」
 タオルをたたみ帰り支度をするとき、被災したひとたちは、饒舌になる。私たちのような、一期一会の相手だからこそ、いつもは重い口も軽くなる。
「小林さんは、お隣さんなんだけどね。二人とも、地震のあと津波もかぶっちゃって。避難した先でも、避難所が津波にあって、次のところに避難して、ようやくここに落ち着いたの。飲み水すらないんだもの。髪を洗うなんて贅沢過ぎてね……。おかしいでしょ。あんまりかゆくて、小林さん、雪が降るなかで川に入って髪を洗ったの。人が死んだばかりの川でね」
 彼らから聞く被災体験は凄絶で、私の想像のずっと先をゆく。黙っていれば、その分、気を遣わせてしまう。私はいつも、泣きたくなる気持ちを抑えて、あえて、くだらない質問をするのだ。
「でも、電気も復旧してなかったんですよね。ドライヤーもないのに、風邪とか、引かなかったんですか?」
「ドライヤーどころか。タオルもないもの。体調を崩しちゃって。ご家族も随分亡くなったし……」
「……そうなんですね」

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