「久しぶりに見た、鈴がそんな嬉しそうな顔してるの」
え?
見ると、鏡の中に、姉がいた。同い年の二人の顔は並ぶと結構似てて、やっぱり姉妹だなあと思った。
「お姉ちゃんの笑顔も久しぶりに見たよ」
「あら、そお?」
「うん」
「鈴、私がね美容師になった理由聞きたい?」
「うん、聞きたい」
「鈴のね……鈴の笑顔が見たかったから。昔から髪を切るとさ『お姉ちゃん、鈴ねえ、かわいくなった!』って、すごく喜んでくれて……私、それがすっごい嬉しくて。だからさ、私はさ、鈴が笑っててくれないと、心配であの世に行きたくても行けないのだ」
「……ごめん」
「でも、もう大丈夫そうだね」
かちゃかちゃと心地よい髪をカットする音が耳元に響いた。
姉が私の髪を素早くかつ丁寧に切ってくれている。ずっといつまでも聞いていたい音。こんな風に鋏を扱えるようになるまで姉は一体どのくらいの修練を重ねたのだろう。
だんだんと鋏の音が遠ざかり、すっと無音になった。
「はい、終わりましたよ」と肩をぽんぽんと叩かれて私は目を覚ました。
目の前の鏡の中には私と店長の顔だけがあった。
「私、今、姉と話をしていました」
「そう」店長は優しく微笑むと、私の言葉に頷いた。「で、葵さんは何て?」
「姉が美容師になったのは私の喜んでる顔が見たかったからだって」
目から止めどなく涙が溢れた。店長が差し出してくれたタオルで涙を拭きながら鏡に映る自分の顔が目に入った。つるつるの髪の毛に手をあてると思わず口元がゆるんだ。
こんなにぎゃん泣きしてる奴をも笑顔にしてしまうなんて、やっぱりここは魔法の国だ。
帰り際、店長から何本かの鋏が丸められたシザーケースを受け取った。姉の死を受け入れるのが嫌でずっと受け取ることができなかった姉の鋏。
魔法の杖。ふとそんな言葉が浮かんだ。人を笑顔にする魔法を使う美容師さんが使う鋏はまさに魔法の杖だ。
店を出るといつの間にか雨は止んでいて、空に虹の橋がかかっていた。