「私、今月で終わりなんです」
「えっ」
「ちょっと体調が悪くて……、だから一旦美容師を辞めて休もうと思って…… 」
「大丈夫なんですか」
「はい。今までありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
田辺優美というせっかくいい感じに仕上げてくれるスタイリストに出会えたにもかかわらず、一年足らずでお別れとは……、私は正直ショックだった。
ショックの理由は大きく二つである。一つ目はいい感じに仕上げてくれるスタイリストとの別れであるが、二つ目はそのスタイリストがいないにもかかわらず次の予約を入れてしまったことに対する「失敗した」というショックである。田辺優美が今月で辞めるなら次の予約は入れなかったのに……、私はショックとともにやや後悔していた。
『シエロ』という美容室、田辺優美以外にもスタイリストはいる。そしてそのスタイリストたちもまた私に対してそれなりのカット技術と仕上げをしてくれるだろう。だが私にとって『シエロ』に来る理由は、会話や接し方などの波長が合う田辺優美がカットしてくれるからであり、彼女との雑談を含めた会話、彼女のシャギーカットが好きだったからである。
ただ、田辺優美は湿っぽくならないようレジ精算からお見送りまで終始笑顔で対応してくれていた。明るい田辺優美なりの優しさだったのだろう。
「一人の女性と別れると、次は美容室の彼女(スタイリスト)もいなくなる……」
私はそんなジンクス、いやシンクロニシティのようなものを感じていた。私が女性との恋が終わり、その女性が離れていくと、私を担当していた女性のスタイリストもまた去っていく、私には何か縁のような意味ある偶然があるように思えていた。
彼女(恋人)と離れた傷心の私にとって美容室という空間は、別世界にいるが如く、ちょうどいい雰囲気の時間、ちょうどいい気晴らしのような会話がある空間、そして癒しのある空間だった。概ね月に一度、わずか一時間程の癒しの時間と空間である。
恋人と別れて傷心の状態の者に対して癒しを提供する空間である美容室。だがそんな美容室からも恋人が去っていくのとシンクロするように担当スタイリストも去っていく、私には自身の不甲斐なさに対する罰のように思えていた。恋人と別れるとスタイリストも去っていく、そんな境遇が二年弱の短期間で二度も続くと、意味のある偶然としか思えないものである。
次の美容室は駅の南側のどこかの美容室にしようか。だが、次の美容室へは恋人がいない状態で行こう。もう別れのシクロニシティは不要である。それか次は久々に男性のスタイリストに担当してもらおうか。そのようなことをしばらくは考えていたが、私は、現在は『プロジェクト』という美容室に通い、佐倉裕美という三十歳の女性スタイリストによって「いい感じ」にカットしてもらい、「いい感じ」の空間で、「いい感じ」の会話を楽しんでいる。
『プロジェクト』に来てもう五年になり、私も四十路であるが、スタイリスト・佐倉裕美はいなくなることはなく、私が『プロジェクト』に来た頃は、佐倉裕美は一スタイリストであったが、現在ではスタイリスト兼店長となって、アシスタントの指導を精力的に行っている。そして私には恋人はいない。