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『シンクロニシティ』雫石つみき

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 三月の中旬、早春のまだ寒い時期である。私のもとに身体だけでなく心も寒くなる情報が届いた。
「三月下旬から上海に語学留学します。悠さんにはお世話になりました」
 二年ほど交際していた彼女、恋人である倉田彩花からのメールであり、さらに、実質のお別れメールだった。
 数か月間、倉田彩花とはお互いの関係について距離をおいてきたが、私の不甲斐なさが別れの原因だろう。きっと私の不甲斐なさに見切りをつけた倉田彩花が別れの決断をしたのだろう。
 私は倉田彩花が上海に語学留学することも初耳であり、今まで相談も何もなく、倉田彩花が独りで自身の将来を決めたことに身勝手な淋しさを感じていた。全くもって私は身勝手である。お互いの関係に距離をおいていたのだから、倉田彩花が私に相談するはずもなく、相談されなかったからといって、独りよがりの淋しさを感じるとは、私はやはり不甲斐ない。
 そんな不甲斐ない私としては、倉田彩花と距離をおいていたとはいえ、現実にお別れとなると、淋しさと悔しさ、そして虚しさで心が押し潰されそうな状態になってしまう。身勝手な私ではあるが、傷心のまま私は定期的に通っている近所の美容室『アート』に予約を入れた。傷心であっても会社員の私にとって体裁は必要であり、ボサボサで伸び放題の髪は困るのである。
 予約した美容室の日は四月中旬の土曜日であったが、その二週間前の金曜日、通っていた美容室『アート』の担当スタイリスト、青山美咲からハガキが届いた。
「……このたび結婚する運びとなり、四月末日をもちまして美容室アートを辞め、新天地に赴くことになりました……」
 要は結婚を機に退職してどこかに引っ越すという内容の挨拶状だった。挨拶状は、別に私にだけ送った挨拶状ではなく、担当した客全員に送ったものなのだろう。文頭の「日村様」という手書きの文字がそれを示していた。
「一人の女性と別れて、今度は美容室の女性スタイリストまで離れて……」
 私は妙な縁のようなものを感じて、独り言を呟いていた。
 四月中旬の土曜日、予約していた『アート』でのカットの日である。
「日村さん、だいぶ伸びましたね」
「そうですね、急にボリュームが多くなった気がして……」
 いつもの挨拶代わりの会話であった。美容室ではたいてい髪の状態の確認から世間話、雑談、そして他愛もない身の上話という流れで私と青山美咲は会話していたのだが、その日は青山美咲の「結婚」のことがずっと頭の中にあり、何ともぎこちない会話だった。
「あっ、このたびはおめでとうございます。今までありがとうございます」
 カットを終えた私は精算を終えたタイミングで青山美咲に伝えていた。
「ありがとうございます」
 私の「おめでとうございます」という言葉で瞬時に自身の結婚のことを察した青山美咲は淡々と応えていた。ただ、言葉は淡々としていても、結婚を控えた青山美咲には安心感のような雰囲気が漂っていた。
 私は呆気なく美容室を出て、無心で帰路についた。
 私と青山美咲との間にはスタイリストとお客という以上の関係はない。私は美容室のその他大勢の利用客の一人である。だが私は、自身が彼女と離れてしまったという淋しさから、青山美咲が美容室を辞めるということについても淋しさを感じ、私だけが淋しさに浸っているという錯覚の中にいたようだった。

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