その夜、真里は、アルバイト先のパン屋に明日から並ぶ新商品のリストを見ていた。
会計時は、客が持ってきたパンを瞬時に識別しながらレジのボタンを押さなければならないため、パンの見た目と名前を覚えておく必要があるのだ。
ふと、真里はとあるパンに目を留める。
それは「チョコランマ」というパンで、台形のデニッシュ生地にチョコレートがかかっていた。同じく、台形のデニッシュ生地に砂糖がかかった「富士山パン」の姉妹商品らしい。
外国の高山「チョモランマ」を文字っているダサさも気になったが、それ以上に真里は、パンの見た目に興味を引かれた。
全体は薄い茶色、上の方だけはチョコレートの焦げ茶色。
真里の髪色にそっくりだった。
山崎さんの言葉が蘇る。
『いっそのこと、プリンで売っちゃうって手もあるんじゃないですか。おしゃれプリンの畑中でーす、みたいな』
おしゃれプリン、は生意気すぎて言えないけれど、このパンに頼るのは、ありかもしれない。
「チョコランマ」を見つめて、真里は小さく頷いた。
翌日、真里は20時から閉店までのシフトだった。
ロッカーで、秋穂と未来と一緒になる。
雑談が途切れたタイミングで、真里は意を決して口を開いた。
「見て、わたしの髪!チョコランマみたいじゃない?」
二人がびっくりしたように真里の方を見る。
「チョコランマって・・・あ、新商品の?」
秋穂が乗ってきたので、真里は続けた。
「そうそう!わたし色抜けやすくてすぐプリンになるんだけど、この絶妙な色が逆に気に入っちゃって」
言おうと決めていたことは言い切った。
わざとらしくならなかっただろうか、緊張しながら二人の反応を伺う。
すぐに未来が賛同してくれた。
「確かに、いま風のグラデっぽくておしゃれかも〜!」
秋穂も、少し間を置いてにやっと笑った。
「・・・わざとだったんだ。チョコランマに例えちゃうセンス、最高じゃん」
この間聞いてしまった二人の会話から考えると、だらしない髪色を放置している怠惰な奴だと思われていたと思う。特に、秋穂には。
だが、変わっていると思われても自分は自分の好きな髪色でいたいし、好んでこの色にしているということをわかってもらいたかった。
その思いは伝わったようで、真里は心の中でガッツポーズする。
「えへへ。新商品リスト見てて、親近感沸いちゃった」
「やば、お客さんがチョコランマ買うたびに真里のこと思い出しそう」
「わたしも〜!でも覚えやすくていいかも」
秋穂と未来の言葉に声を出して笑いながら、真里は髪を結って帽子に入れる。
山崎さん、「チョコランマ畑中」作戦、成功です・・・!