「で、彼氏いないって言ってたけど本当にいないの? 実はいるんでしょ? 若いっていいわね!」
お局様が好奇心満載の目でマナミを見る。マナミにとってお局様は枝毛も気にしないものぐさな人だけど、今はこの人の厚かましさに救われている気がした。
「いないです。まずは仕事を一人前にこなしたいですから!」
マナミは洗い終わった弁当をナプキンで拭き、お局様に一礼をしてその場で立ち去った。なぜかお局様の枝毛が頭から離れず、美容室に行っておこうかな、とマナミは思った。
3 ずるい女たち
「本当にすみません! こちらの手違いで予約を入れてしまったんですが、本日ご指名いただいた美容師がそれぞれお休みをいただいておりまして。せっかく来ていただいたので、お詫びと言ってはなんですが、カット代は半額で、サービスでトリートメントをお付けしますので、いかがですか。三十分ほどで案内できると思いますので」
レジの奥に立つ美容室の若い男性スタッフは平身低頭、チカとマナミに謝罪の言葉を繰り返した。二人は偶然美容室も前で会い、二人で入店したため、まとめての説明になったようだ。もしよろしければそちらでお待ちください、とスタッフが示した先には、黒いソラマメ型のテーブル一つと椅子が三つ置いてあるだけの簡単な待合スペースがあった。
「私は待ちます。トリートメントが無料なんてラッキーだし。枝毛気になってたんです」
マナミはにっこりとスタッフに微笑んだ。スタッフは安心した顔を覗かせる一方、機嫌をうかがうような顔でチカの方を見る。
「あの、お客様はどうされますか?」
「私も大丈夫です、特に今日は予定もありませんので」
チカが即答すると、スタッフは笑顔で予約表に二人の名前を書き込み、頭をちょこんと下げて持ち場に戻った。二人はそれぞれ椅子に腰かけた。目の前のテーブルの上にはヘアスタイル特集の本が数冊置いてあるが、チカもマナミも見る気にはなれなかった。
カットやブローの音に交じり、緩やかなジャズが流れる。一応曲がりなりにも同じ会社だった二人で顔見知りではあるので何かを話したほうが良いとは思いつつも、何を話題にすべきかに決めかねて逡巡する空気が二人の間には流れていた。沈黙を破ったのはマナミの方だった。
「あの、営業部にいた野坂チカさんですよね? 私、広報部の佐伯マナミです」
話しかけられ驚いた顔でマナミを見る。まさかマナミの方から声をかけられるとは思わなかったからだ。この無邪気さはやっぱりチワワに似ているな、とチカは思った。
「と言っても、私、来月から総務部に異動になるんです。って、突然話しかけてごめんなさい。こんなところで会うとは思わなくて。っていうか、野坂さんはもううちの会社辞めてますし、私のことなんて関係ないですよね」
マナミがペコっと頭を下げる。
「それってもしかして、私のせい・・・」
「野坂さんは関係ないです! 広報やってみたんですけど、やっぱり自分は前にやっていた総務の方が合うな、と思って異動願を出したんです。それを知った、総務部の先輩が掛け合ってくれて、総務部に戻ることにしたんです。あ、女性の先輩なんですけどね」
チカの言葉を遮って、マナミはことさらに「女性」を強調した。そうなんだ、とチカが複雑な顔をしてつぶやいたのを見て、マナミは気まずさからチカに問いかける。
「あ、新しい会社はどうですか? 引き抜きなんてすごいですよね! また営業なんですよね?」
「はい、また営業です。私にできることは営業ぐらいしかできないので・・・」
チカが苦笑いをしてそう言うと、マナミが声を張り上げた。