「えー。でも私、美容室難民なんだって。いいとこが見つからないんだよね。評価が高そうってとこに行っても、写真でイメージを美容師さんに伝えても、なんか違うな、みたいな」
これは本当。大学生までは価格がリーズナブルで馴染みの店員さんがいる近所の美容室に通っていたものの、就職し、上京してからは美容室をいくつも転々としている。美容室が探せる予約サイトで新規のクーポンを使っては、ここで美容室を求めてさまようのは最後だ、と願いながら、予約確定のボタンを押す。SNSでモデルのように顔が小さく目がぱっちりとした名前も知らない同じくらいの髪の長さの20代女性をリサーチしては、スクショする。当日は、「この写真のイメージで」と伝えるのだが、なぜか同じ美容室の同じスタイリストに髪を切ってもらっても、しっくりくる感じが、ない。
「私が通ってるヘアサロン超オススメだけどまあまあ高いしな。あ、あそこ行ってみれば!? 最近話題の『絶対に変われる』って噂の美容室」
「何それ!? 怪しすぎる」
「まじで、すごいらしいよ。ホームページとかはないんだけど、口コミでじわじわきてるらしい。私も行ったことないから、結月、一回試しに行ってみて感想教えてよ」
「こわすぎでしょ、それ。そもそも住所わかんないし」
「同じ部署の先輩に聞いたからさ。あとで住所、サインで送るね!」
里奈との会話を思い出しながらレタスをちぎっていたら、ステンレスのざるにレタスが山盛りになってしまった。さっと水で洗って、皿に盛り付ける。
明日はせっかくの土曜日だが、予定は何もない。予約サイトで美容室のページを徘徊してもめぼしいとこはなかったし、試しに行ってみるか。コミュニケーションアプリ「サイン」で住所とともに送ってもらった連絡先にメールしてみると、「15時に空きがあります」と返信が来た。
その美容室は、いわゆる「激戦区」と呼ばれるような場所ではなく、渋谷駅から数駅先の住宅の立ち並ぶ駅にあるらしかった。最寄り駅からは15分の距離だが、坂道をのぼらなければならない。平日は営業で歩き回っているため体力には自信があるものの、上り坂は堪える。
そもそも、美容室に行く意味って何なのだろう。私たちは、髪を切らなくたって死なない。髪がプリンになったって生きれる。ぱさぱさに乾燥して色落ちしたブラウンとセパレートするように根本から生えてきた黒髪に、自然を装って注がれる0.1秒の視線を気にしなければ。手入れが行き届いていなければ、仕事や家事や育児の諸々とプライベートを両立している女性とみなされないような目に見えない同調圧力とも似た息苦しさに、縛られていないふりができれば。少しでも華やかさが出ればいいなと伸ばした髪は、硬く太く雨でうねる髪質のおかげでこまめに手入れをしていないと、どうにも決まらない。まして2つ上の先輩の異動で新しい取引先を任されてからは、ここ数カ月売り上げが安定せず、平日は無我夢中で取引先の店舗を周り土日は泥のように眠っていた。自分のためを思う時間が、なかった。世間一般でうたわれる理想像とは何なのだろう。疲れた体に鞭を打ち、色とりどりのバランスの取れた食事を作らない、作れない自分は「だめ」なのだろうか。閉店間際のスーパーで買った100円に値引きされたポテトサラダを、直接プラスチック容器から箸でつつくことは。甘くておいしい「プリン」はみんなに好かれるのに、自分に構っていない期間を証明するかのようにすくすくと生えた「プリンの髪」は。