「想像以上の仕上がりに大満足です。髪がサラサラに生き返りました。また伺います!」
暗闇の中で発行する画面を親指でスクロールしながら、雰囲気や接客サービス、料金などに関しての口コミを眺める。
「2週間経っても朝起きた時に髪がまとまりやすく嬉しいです! パープルガーネットの色味も綺麗で最高です♪」
ゆうに1時間はスマホの画面と見つめ合っていただろうか。冬至も春分も過ぎて日没の時間は日を追うごとに延びてきたものの、あっという間に陰った私の6畳1Kの城は闇を溶かし始めていた。会社から帰ってきて服も着替えずベッドに横になったので、電気もつけていなかったことに気づく。お腹がすいたが、1日歩き回った体では、ベッドから立ち上がる気力も起きない。しかし、そのままでは夕飯が勝手に出来上がるわけなどないので、動かなければいけない。でも、起き上がれない。これ以上ない矛盾を今日も使い切った体に抱えたまま、世の中のOLは映えるようなバランスの取れた食事を仕事が終わった後の残された体力でどうやって作っているのだろう、と考える。人間というポジションと時間が平等に与えられていても、同じ時間の中でできることには差がある。
「誰かと比較したって仕方ない」
「自分のペースで進んでいけばいい」
正論。
でも。
「できる人」と「できない人」の間にくっきりとした線引きがあるのならば、なぜ、私は「できない」方なのだろう。
お腹がぐぐ、と悲鳴を上げる。
たしか、冷蔵庫には納豆があった。冷凍のご飯もある。とりあえず電子レンジでご飯をチンして納豆をかけよう。それらを咀嚼して空腹を少しでも埋めたい。答えのない問いを考え続けることは、目には見えない単位で自身を消耗していくことに似ている。私はすべての思考のスイッチを意図的に切ってベッドから立ち上がった。
野菜を少しでもとった方がいいか、と冷蔵庫の中に凍えるようにして縮こまっていたレタスを取り出し、ちぎる。レタスをちぎりながら、今日のランチでの会話を思い出す。
「結月、ヘアサロン前行ったのいつよ?!」
「んー、覚えてない。5、6カ月前かな? あ、でも前髪は自分で切ってるよ」
「そういう問題じゃないって! 髪プリンになってるよ、プリン! しかも乾燥しまくり、ぱさぱさじゃん」
「え、そうなの。全然気づかなかった」
嘘だ。本当は気づいていた。
「そんなんじゃだめだって。もっと潤いがないと」
そういいながら同期の中でも特に仲のいい里奈は、ビネガードレッシングのかかったレタスを口に運ぶ。白く細い指先に上品に収まったネイルは、淡いピンクべージュでぷっくりとつやつやしている。手元の皿に視線を移すたびに揺れる胸元までのロングヘアは、1週間前に美容室に行って染めたばかりのフォギーブルージュという色らしかった。おそらく32mmのコテでゆるくニュアンスがつくくらいに巻いている。もちろん、艶々。