「まあね、うちに来たお客さんに、自分の住みたい部屋が分からないような人に部屋は貸しませんって言うようなものだもんね」
椎名さんは枝豆を口に入れながら言った。
「どうすれば椎名さんみたいにモテるようになりますかね」
酒でテンションが高くなった隆志は椎名さんに尋ねた。あんな美容室に行くよりも直接モテ男に聞いた方が手っ取り早い気がした。
「まあ僕がモテるかどうかはさておき、モテたいと思ってなにか努力した覚えはないかなあ」
努力したことがないか。やっぱりそういうのは生まれつきなんだな。思い切って聞いたのに損をした気分だ。
「あっ、待てよ。モテたくて努力したことあった」
椎名さんが声を上げた。
隆志は「なんですか?」と聞きながら姿勢を正した。
「実はさ、就職したころ、好きな人が出来たんだ。横山君は一緒に働いていないい人だけど、すごく綺麗で、仕事もできる年上の人だった。で、出会って三か月後くらいに思い切って告白したんだ。でもフラれちゃって」
椎名さんでもフラれることがあるんだ。少し親近感を覚えた。
「でもね、あきらめたくないって思ったんだ。だから色々努力したよ。学生時代は野球一筋だったからさ、当時の自分は服とか髪型とか無頓着で、相当ダサかったと思うんだ」
「へえ、なんだか信じられないです。だって椎名さんお洒落じゃないですか」
実際、椎名さんはスーツもセンスが良いし、髪型も決まっている。
「ありがとう。それはさ、彼女のために頑張ったんだよ。大勢からモテたいとかそういうことじゃないけど彼女からは好かれたかったんだ。もちろん外見だけじゃなくて仕事も頑張ったよ。同じ職場で働く彼女にいいところ見せたいからね」
なるほど。今の椎名さんの仕事ぶりもその女性の影響が多いのだろうな。
「まあ結局その恋は実らなかったけどね。告白した一年後に誰かと結婚して寿退社しちゃった」
苦笑いを浮かべながら、椎名さんは日本酒を口に含んだ。
ちょっと意外だった。こういう完璧に見える人も挫折はあるんだ。そう思うと、椎名さんの知られざる一面をみられたことがなんだか嬉しい。感慨に浸っていると、椎名さんが突然思い立ったように隆志に尋ねた。
「ところで横山君は好きな人とかいないの?」
※
一年後、隆志は再び、大きな鏡の前に座っていた。
「どうなさいますか」
一年前と変わらず仏頂面の美容師に、隆志はだいたいのイメージを伝えた。そして最後に「かっこよくしてください」とあえて一言付け加えた。
すると、美容師は鏡越しにじーっと隆志の顔を見た。そして隆志の髪に触れハサミを入れ始めた。
「あれ、切ってくれるんですか?」
思わず隆志は聞いた。
「そりゃここは美容室で、あなたはお客ですから」
美容師は不愛想に答えた。
一年前は髪に触れさえもせず「帰れ」と言ったくせに。文句の一つも言いたくなったが隆志は黙ったまま美容師の手さばきを見た。
この一年。自分なりの「かっこいい」がわかったつもりだ。一年前までの隆志は冴えない自分と正面から向き合っていなかった。何でもできる椎名さんを妬み、成長しようと努力をしていなかった。近くにあんなにかっこいいお手本がいたというのに、努力をしない自分を棚に上げて、妬んでいたなんて今思えば恥ずかしい。
「そういえば」
美容師が口を開いた。
「はい?」